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第32話
「あの、本当にいいんですか?」
「いいのよ。クロスケをひとりにできないから」
おばあさんはそう言うと、胸に抱いているクロスケの頭を愛おしそうに頬ずりした。
「それなら僕たちが留守番ーー」
「柊」
「創士、様」
なおも食い下がる僕を創士様が止めた。
「来年はお願いするから、今回は行っておいで」
「……はい」
おじいさんに頭を撫でられ、僕は素直に従った。
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創士様の運転で2時間近く移動して着いた先は、小さなハーブ園だった。
中央に噴水があり、庭園を思わせるそこには、10種類以上のミントや、紫色の花を咲かせるハーブなど、いろいろなハーブがたくさん植えてあった。
「ミントってこんなに種類があるんですね」
「ここにあるのはほんの一部で、数百、数千と種類があるらしいぞ」
「そんなに?」
ガイドブックを見ながらハーブを見て回ったら、時間はあっという間に過ぎていった。
ハーブ園で美味しいハーブティーを頂いた後、僕たちは旅館に移動した。
おばあさんのお友達の嫁ぎ先の温泉旅館で、毎年、この時期に夫婦で泊まっている。
僕も2人にお世話になっている時から、毎年お邪魔させて頂いている。
去年は、創士様も一緒だった。
温泉好きのおじいさんたちが好きな時に好きなだけ入れるようにと、毎年、内風呂がある部屋を用意してくれ、去年は創士様と僕の分の2部屋用意してくれた。
創士様は体に残る傷のこともあり、周りに気遣って大浴場を利用しないから、この配慮はとても有難かった。
今回も内風呂付きの部屋を用意してくれ、夕食前に創士様は内風呂、僕は大浴場を利用した。
大浴場から部屋に戻ると、テーブルにはすでに豪華な夕食が並んでいた。
「大浴場はどうだった?」
「空いてました。おじいちゃんが多くて、今年も売店でお菓子買って貰っちゃいました」
「ははっ、それは良かったな」
「ちょっと複雑な心境ですが……」
複雑な心境なのは、買ってもらったお菓子がおまけ付けのお菓子ばかりだからだ。
小学低学年の男の子なら喜びそうなお菓子だ。
「孫のように見えたんだろうな」
「そうだと思います」
お菓子をくれたおじいちゃんは去年も一昨年も僕に同じお菓子を買ってくれた。
去年、一緒に来た娘さんからおじいちゃんが認知症だと教えてもらった。
お孫さんはすでに成人しているが、おじいちゃんの中ではまだ8歳の男の子らしいと。
それでも、僕も成人済みなので、少しだけ複雑な心境になってしまうのは仕方がないと思うのは、報告する度、創士様に笑われてしまうからかもしれない。
「柊。後で、一緒に風呂に入ろう」
「……はい」
笑っていた創士様が急にそんなことを言うから、僕は恥ずかしくなって俯いた。
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