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第39話

ここに来て、何日経ったんだっけ…? あと2週間、あそこで過ごすはずだったのに…。 夢のような幸せな時間は、本当に夢だったのかもしれない。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 電話が来た翌日。 僕は新幹線に乗って帰った。 行きに創士様と降りた駅は少し遠いから、一番近い駅まで送ってもらって、新幹線のある駅まで2両編成の電車に揺られて向かった。 急用で帰ることを伝えた時、おばあさんはすごく驚いた顔をした。 そして、その日の晩ご飯に僕の好きな茶碗蒸しを作ってくれた。 「柊、ちょっといいか?」 「はい」 畳の上で伸びをするクロスケを撫でていると、おじいさんが声を掛けてきて僕の隣に腰掛けた。 おばあさんは今お風呂に入っていていない。 この時間になると、おじいさんは自室に戻るためこんな風に一緒に過ごすのは久しぶりだ。 「私な、18歳の頃まで自分の意思を言えない人間だったんだ」 「……?」 突然、おじいさんは自分のことを話し出して、僕は首を傾げた。 「ばあさんとは幼馴染なのはばあさんから聞いたよな」 僕は頷く。 「その時、ばあさんには許嫁がいたんだよ。五つ上の地主の息子だった。父親によく似た横柄な男で、誰も逆らうことなんて出来なかった。もちろん、私も」 おじいさんとおばあさんが育った処は、ここよりも閉鎖的な土地だったと聞いたことがある。そして、おばあさんの遠い親戚がいたこの土地に、おじいさんとおばあさんは駆け落ち同然で来たのだと。 「その時のことは私の宝物だから教えない」と、おばあさんが言っていたので知らない話だ。 「結納の前日。ばあさんのお父さんが私に言ったんだ。『気持ちを秘めているだけでは誰も見つけてなんてくれない。大切な相手にだけは言葉にしなさい。上手く言えなくてもいいんだ。想い合う相手なら、君の声を届けたら、それが例えカケラでもちゃんと見つけてくれるよ』と」 「おじいさん…」 「その日の夜。星空を眺めているばあさんの悲しそうな横顔を見た時、堪らず手を取って言ってしまった。『嫌だ』って……」 ー君が他の誰かと一緒になるなんて… 「……おばあさんはなんて」 「『はい』よ」 後ろから聞こえた声に驚いておじいさんと振り返ったら、おばあさんが嬉しそうに微笑んでいた。 きっと、その時もこんな風に微笑んでいたのだろう。 「おじいさんったら、2人だけの秘密を話しちゃうなんて」 「…すまない」 「あの、ごめんなさい」 「いいのよ。話すなら、私も混ぜてくれないと」 おじいさんにつられて思わず僕も謝ると、おばあさんは笑って許してくれた。 おばあさんがおじいさんと僕の間に座ると、クロスケがおばあさんの膝の上に乗った。 「おじいさんはね、子供の頃は素直な子だったんだけど、中学の辺りから自分の気持ちを隠すようになったの。目ではずっと何かを訴えていたのに…。見てて歯痒かったわ」 「すまん…」 「ふふっ。だから、『嫌だ』って言われた時、やっと本心が見えたようで嬉しかった。あ、ここに来たのは私の父が勧めてくれたからなのよ。元々許嫁の話も無理矢理決められたことで、ずっと怒っていたから。だから、翌日、駅まで送ってくれた時に『幸せになりなさい』って言ってくれたわ」 「私も家を出る時、両親に『勝手にしなさい』と笑って言われたよ」 2人はその時のことを思い出したのか、少し寂しげに笑った。 駆け落ちした2人は、たぶんその時に、両親と今生の別れをしたのだろう。 そんな2人に僕は何も言えなかった。

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