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第46話

9月。 長くて色々あった夏休みは終わり、またいつもの日常が戻ってきた。 長い出張から戻ってきた創士様は、僕を抱き潰した翌日からまた忙しくなった。 だから、創士様の言う『ちゃんと』の話はまだしていない。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 「田村、やっぱり風邪ひいたんじゃない?」 「ぞんなごどはない゛っ!」 隣で盛大なクシャミを連発してズルズル鼻を啜るのに、頑なに認めようとしないその姿にため息が溢れる。 残暑とは思えないほどのジリジリとした暑い中、マスクをしている田村の顔は真っ赤だ。 普通ならこの時期に何で風邪引くのだろうと思うのだが、田村の場合はなんとなく予想はついた。 「大方、風呂上がりにパンツ一枚でガンガンのエアコン利かせた部屋で寝たんじゃない?」 「ゔ……ぞれは……」 気不味そうに目を逸らしたことが肯定を意味する。 「それより、そんな状態でバイト行って大丈夫なの?」 「……あ」 赤かった田村の顔はサーっと音がするくらいの勢いで青褪めた。 「ひ、柊……」 「え?」 「だ、だのむっ」 僕は縋りつかれた。 「じゃあ、柊くん。短い間だけどよろしくね」 「はい。よろしくお願いします」 僕は深々とお辞儀した。 頑なに風邪を認めようとしなかった田村だったが、あの状態ではバイトに行けないことに気付き、やっと認めた。 そして、治るまでの間だけ、僕にバイトの代打を頼んだ。 田村のバイト先の洋食屋さんは、店主でシェフの旦那さんとフロア担当の奥さんが営む小さなお店で、バイトは田村ともう1人の女の子しかいないそうだ。 お互い学生で超健康体の2人は、今までお互いの都合の悪い日が被らず、バランス良くシフトが回っていたようで、こういう事態は起きていなかったらしい。 だから、今回、もう1人の女の子の都合が付かなかったのは珍しい事態だそうだ。 「今日の注文は私が受けるから、柊くんはテーブルの後片付けと洗い物をお願いね」 「はい」 今、目の前でニコニコと笑う奥さんは少しミーハーなようで、田村の代理で来た僕と対面した時「キャー、お肌ツルツルで可愛い!」と興奮していた。 そして、厨房で黙々と仕込みをしている旦那さんはそんな奥さんをピシャリと宥める優しい人だった。 店は夜の営業をオープンさせると、地元の人たちであっという間に満席になった。 楽し気にお客様と話をしながら注文を取る奥さんは、厨房にいる旦那さんにオーダーを回す。 オーダーを受けた旦那さんは手際良く料理を作る。 その流れはとてもスムーズだ。 僕は奥さんの仕事っぷりを見ながら洗い物をして、合間にメニューの暗記をした。 メニューと値段は粗方覚えたが、僕が知らない料理も多くイメージができない。 「俺、調理にかかりきりになるから、料理の説明はアイツに聞いて。あ、気になるものがあったら、後で賄いで作ってやるよ」 旦那さんは忙しそうに料理をしながら言ってくれたが、閉店までその機会は訪れなかった。 「ごめんね。結局、ご飯この時間になっちゃって」 21時半過ぎでやっとご飯にありつけた僕に、奥さんが申し訳なさそうにオレンジジュースを差し出す。 「いえ、大丈夫です。あの、このオムライス、すごく美味しいです」 「そんなんで良かったのか?」 腕を振るう気満々だった旦那さんは、僕の横で少し残念そうに聞いてきた。 「僕、オムライス大好きなんです。特にこの、卵がちょっと半熟なのが…」 「なら、作り方、今度教えてやるよ」 「本当ですか!」 旦那さんの申し出に僕は身を乗り出す勢いで喜んだ。 だって、このオムライス、ファミレスのものに比べ段違いに美味しいから。 「あ、柊くん。この後、田村くんの(とこ)行く?」 「その予定です」 「なら、これ持っていってあげて」 奥さんから渡された紙袋には、おにぎりとミネストローネのタッパーが入っていた。 「田村くんが食べれそうなら、それにそのご飯入れてリゾット風にしてあげて」 「わかりました。ありがとうございます」 「明後日、また頼むな」 「はい」 田村のバイト先はとても良いお店だった。

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