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第54話
『接待で帰りが遅くなるから、俺を待たずに先に寝なさい』
嘘。
知ってる。
接待じゃないこと。
創士様の優しい嘘。
僕が買ってきた花は、家政婦さんが一輪挿しの花瓶に挿して、料理と一緒にダイニングテーブルに飾ってくれた。
僕は暫く眺めていたけど、時計の針がてっぺんを過ぎると花以外は全て片付けた。
一緒にケーキを食べることはできなかった。
プレゼントも渡せないまま。
創士様の誕生日は終わった。
日付が変わっても僕は眠ることもできず、ベッドに腰掛け、机の上のプレゼントをボンヤリと眺める。
頭の中は、ずっとあの時の会話がグルグル駆け巡っていた。
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「そういえば。おば様、此方の方のお名前は、何て言いますの?」
「ああ、この子は"柊"よ」
「ひいらぎ?植物の?」
「そうよ。植物の柊と一緒。珍しいでしょ。大体は『シュウ』って付けるのにね」
「ひいらぎ…」
沙耶華さんは考え込むような顔をして僕を見て目を見開いた。
でもそれはあまりにも一瞬で、見間違えだったのかもしれない。
「柊って私嫌いなの。大嫌いな人を思い出すから」
沙耶華さんはそう言うと、僕を睨むように見た。
ここには家政婦さんだけが僕の味方だ。
家政婦さんは緊張で冷え切った手を僕の肩に乗せ、「あなたの味方はここに居る」と教えてくれるけど、僕も家政婦さん、2人かがりでも目の前の2人には敵わない。
だから、僕は耐えるしかなかった。
「おば様、確か今日って創士さんの誕生日ですよね」
「あら、そうなの?」
「もう、ご自分の息子でしょ」
「仕方がないじゃない。あの子を産んだのは私じゃないんだから」
そう話すと2人は笑った。
義理でも自分の子供の誕生日を覚えていないことをそんな風に笑うなんて。
「何故笑うのですか?」
「柊さん」
「家族の誕生日を忘れたんですよ。何故、貴女は笑えるんですか?」
家政婦さんが止めるのを構わず僕は言ったが、2人は嘲るように笑うだけだった。
「子供じゃあるまいし、誕生日忘れたぐらいであの子が怒るわけないでしょ。それに、あの子だって私には覚えて欲しくなんてないわよ」
「でもっーー」
「それなら、今年から私がお祝いするから、もう関係ないでしょ」
割って入ってきた沙耶華さんの言葉に僕は言葉を失った。
「…は?」
「父にお願いすれば、今からでも星付きのホテルのレストランくらいは押さえられますわ。これからは、私が毎年お祝いします。それでどう?」
「まあ、それはいいわね!そのまま、2人で泊まるのもいいわね」
「な、に…」
目の前でプレゼントをどうするかで楽しそうに盛り上がる2人には、もう僕は見えていないようだった。
「そうと決まれば、こんな小屋みたいな薄汚い場所に長居をする必要はありませんわ。これで失礼しますね」
沙耶華さんは立ち上がると、奥様にだけ声を掛けて出て行った。
「沙耶華さんたら、もう、せっかちね。…ああ、貴方の今後のことは私が決めるわ。近いうちに連絡するわね」
奥様はそう言うと立ち上がり帰っていった。
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