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第56話
「急に呼び出して悪かったな」
「ううん。だって、1人じゃ大変でしょ?」
「正直、助かったよ。なー、シェフ」
カウンターの奥の厨房で夜の仕込みをしている旦那さんに田村が声を掛ける。
「うん。今日は予約が入っててどうしても開けなくちゃいけなかったから…。ありがとう」
そう言い旦那さんは微笑むが、その顔には少しだけ不安が滲んでいた。
それは仕方がない。
奥さんが倒れて病院に運ばれたのだから。
田村の話では、奥さんはランチ営業中に倒れた。
すぐに意識は取り戻したが、来店していた近所のおばさんに「動いちゃ駄目。それより早く救急車呼んで」と言われ、田村が呼んだ救急車で運ばれて行った。
その際、旦那さんではなく、何故かおばさんが付き添って行ったらしい。
その後、動揺した旦那さんは営業を続けられず、ランチ営業を中止し、お客様にも帰ってもらった。
お客様の大半が地元の人たちで、奥さんが倒れ運ばれた一部始終を見ていたこともあり、そのことに腹を立てた人は1人もいなかったそうだ。
「それで、奥さんは大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫…つうか…」
「?」
「それは俺から話すよ」
仕込みを終えた旦那さんが厨房から出てきた。
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「8周目だって」
「8周目…て…」
「妊娠。子どもが出来てたんだって」
旦那さんの言葉に、びっくりするくらい頭が働かない。
ゆっくり咀嚼するようにひとつひとつ理解させる。
旦那さんと奥さんは夫婦で、まだ子どもはいない。
で、
奥さんが妊娠。
お腹に、子どもが…いる?
「あああああっ!お、お、おめでとう、ごじゃ痛っ…ございます」
「ぶはっ、柊、何舌噛んでんだよ」
「こら、田村、虐めるな。柊くん、ありがとう。すごく嬉しいよ」
旦那さんは目尻を下げて、すごく嬉しいそうに微笑んだ。
「…僕たちね、1年前まで不妊治療してたんだ」
そう言うと、旦那さんは話し始めた。
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