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第57話
「妻の体は妊娠し辛いらしくて、店が軌道に乗った頃から不妊治療を始めることにしたんだけど、不妊治療ってすごくお金が掛かるんだよね。なのに、なかなか授かることが出来なくて…。それで…、たぶん…、妊娠していなかったと言われる度、妻は傷ついてたと思う。だから去年、治療を辞めた。このまま続けてもし授かることができなかったら、いつか彼女が壊れてしまうかもしれないって思って。それで『2人で長生きしよう』って言ったら、泣かれてしまった」
旦那さんはひとつひとつ噛み締めるように話してくれた。
奥さんはすごく子ども好きなのことは、あの1週間のバイトでわかった。
なんだかんだ田村のことも可愛がっていた。
その背景には、そんな出来事があったなんて。
「ああ、ごめん。ここまで話さなくても良かったね。なんだろう。柊くんには話したくなった」
「いえ…」
「それでね。妊娠のことなんだけど。妻は妊娠のこと、病院に付き添ってくれたおばさんにしか話してなかったんだ。あ、この言い方は語弊があるね。彼女の妊娠に気付いていたのはあの人だけだった。だから、安定期に入るまで俺には言わないでと、口止めしてたんだって。それで、悪阻がひどい状態でも無理して、終いに、倒れて…。電話口で『一緒にいて何で気付いてあげないの!』って、おばさんに無茶苦茶叱られたよ」
そう話す旦那さんは、それでもどこか嬉しそうだ。
「妻の妊娠が分かった以上、もう彼女に無理をして欲しくないから、バイトを探すことにした。君に来てもらえたら一番いいと思うけど、こんな状況でお願いしたら優しい君は断れない。だから、1ヶ月。それまでに新しいバイトを絶対入れるから、1ヶ月だけ手伝って欲しい。お願いします」
旦那さんは深々と頭を下げた。
旦那さんは僕の目に映る以上に奥さんを愛していた。
それを知って、僕の胸は熱くなった。
羨ましいって思った。
僕の決意はすぐ固まった。
隣りで話を聞いていた田村を見ると目が合って、笑顔で頷いてくれた。
「あのっ…。僕からもお願いします」
「本当に?…ありがとう!じゃあ、1ヶ月、よろしくお願いします」
「はいっ」
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