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第58話

バイトが終わって家に帰ると、創士様はリビングで誰かと電話で話していた。 「ーーその話は後日。ええ、改めて話し合いましょう。それでは。……おかえり、柊」 「ただいま帰りました。あの、すみません、急に出掛けてしまって」 「謝らなくていいよ。先日の洋食屋の手伝いを頼まれたんだろう。それで、大丈夫だったか?」 「はい。奥さんは3週間入院することになりましたが、お腹の子は無事でした」 「それは良かった」 僕の報告に創士様はホッと安心した顔をした。 「さっきの電話は誰ですか?」 そんな言葉が出そうになった僕は、バッグを落としかけて正気に戻り、慌てて抱え直した。 「あのっ、バイトで汗をかいたのでお風呂入ってきますね」 「ああ。柊、上がったら昨日のケーキ食べないか?」 「はいっ。すぐ入ってきますね!」 「ははっ、ゆっくり浸かって疲れを取ってきなさい」 創士様は笑って頭を撫でてくれた。 お風呂から上がった僕がリビングに戻ると、テーブルの上には昨日僕が買ってきた花が飾られた花瓶とケーキが切らずに置いてあった。 それからすぐ、デキャンタに入ったアイスティーと2人分のグラスをトレイに乗せた創士様が入ってきた。 「昨日は本当に悪かった。ビーフシチュー、美味しかった」 「お口に合って良かったです。あの、こんな時間にケーキ食べて良いのですか?」 時計の針は既に23時を少し過ぎていた。 「今日ぐらいいいだろう。折角用意してくれたケーキを駄目にしたくないからな。なあ、これ柊が切ってくれないか?」 「はい。喜んで」 僕は渡されたナイフでケーキを半分に切った。 直径12cmほどの小さなケーキは、「ちゃんと半分に切るんだぞ」と創士様に言われたので、ちゃんと半分に切った。 1日経ったケーキはフルーツが少しパサついてしまったけど、美味しくいただいた。 花も綺麗だって言って貰えた。 去年までは安価だけど綺麗な花にしていたが、今年は花屋の店員さんの助言で白の花弁のホトトギスにした。 創士様への想いを込めて。 「それで、メールでも連絡したことですが…」 ケーキを食べ終えアイスティーを一口飲むと、僕は洋食屋のバイトの件を切り出した。 相談もせずに勝手に決めてしまったこと、創士様は怒ってはいなかった。 「ああ、1ヶ月バイトすることになったんだよな。1ヶ月で大丈夫なのか?」 「はい。旦那さんが1ヶ月以内に新しいバイトの子を見つけるって言ってましたから。…あと、それで、バイトがある日は賄いをいただくので僕の食事は…」 「ああ…そうか、わかった」 創士様は一瞬だけ寂しそうな顔をして、優しく微笑んだ。 僕の胸は少しだけつきんと痛んだ。

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