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第68話
「柊、お前はずっと俺を欺いていたんだな」
「違っーー」
「もういいよ。俺も結婚する。お前も逢坂 の元に行けばいい」
「あ……創、士さ、ま」
僕を捨てないでーー
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目を覚ますと見慣れた天井が目に入った。
ここは僕の部屋だ。
起き上がると頭がツキンと痛み押さえると、額に貼った冷却シートがポトリと膝の上に落ちた。
いつから貼っていたかは分からないが、粘着力は落ち温くなっていた。
コンコンと控えめなノック音が聞こえて返事をしようとしたら声が出なかったが、数秒後、静かにドアが空いた。
「柊さん、目を覚まされたんですね。お加減はどうですか?」
中に入ってきたのは家政婦さんだった。
押してきたワゴンには、飲み物が数本と、鍋と取り分け用の茶碗もあった。
「あら、涙。怖い夢でも見たのですか?ちょうどよかったわ。お食事をお待ちしたのよ。お腹空いたでしょう?体が弱っていると気持ちまで落ち込んでしまうから、ご飯を食べて嫌な夢も一緒に吹き飛ばしちゃいましょ……ん?柊さん、もしかして声出ないの?」
声が出せず頷いた僕に家政婦さんは顔を寄せてハンカチで涙を拭き取ると「はい、あーんして」と僕の口を開けさせると口の中を覗き込んだ。
「まあまあ、すごく腫れていて痛そう……。喉も熱いわ。これじゃあ声は出せないわね」
喉に当てられた手が冷んやりして気持ち良い。
その手は僕の額に移動した。
「こっちもまだ少し高そうね。お食事の前にお熱測りましょうね」
渡された体温計で測ると熱は38度半ばだった。
「うーん。少し下がったけど、まだ全然ね。やっぱり喉の腫れも取らないとダメね。お食事が終わったらお医者様呼んで診てもらいましょうね」
家政婦さんはそう言うと鍋の蓋を開けた。
モワッとした湯気が漂うそれはお粥だった。
「長めに煮込んでトロトロにしてあるから、喉が痛くても食べれるはずよ」
そう言って渡された茶碗のお粥は、米の原型がほとんど残っていなかった。
「柊さん、丸2日間も眠っていたのよ。だから、このぐらいの方が胃がびっくりしなくていいかしらって思ったんだけど、どうかしら?」
僕はスプーンに掬ったお粥をフーフーと冷ましてから口にする。
お粥は噛み砕くこともないくらい柔らかかったけど、喉を通った瞬間痛みが走り喉を押さえる。
「あぁ、スープの方が良かったわね。待って今からーーえっ、食べるの?大丈夫?」
茶碗を引き取った家政婦さんの腕を掴んで引き止める。
頷く僕に家政婦さんは目を細めて微笑んだ。
「でも、無理しないでね」
そう言い茶碗を渡してくれた家政婦さんににっこり笑いかけてからお粥を食べた。
それでも、この一杯が限界だった。
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