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第74話
「しゅ、しゅうちゃん?……でも、しゅうちゃんは……」
目の前の女性は僕の顔を見て動揺していて、それを見る沙耶華さんは冷めた目をしていた。
「叔母様、こちらの方は『柊一郎』さんではありません。『柊 』さんです」
「ひいらぎ?……えっ、ひぃくんと同じ……」
「同じじゃありませんわ。だってーー」
「あの、どういうことですか?」
訳がわからず思わず割り込んでしまったが、沙耶華さんは怯える目で動かない赤ちゃんを抱いている女性から目を逸らすことはなかった。
「沙耶華様、もうその辺でーー」
「だってその子、ただの人形じゃない」
「ち、違っ……」
嘲笑う沙耶華さんに、女性は腕の中の赤ちゃんを隠すように抱いた。
赤ちゃんが人形だったのは、僕の見間違いじゃなかった。
沙耶華さんは執事さんが止めるのも構わず言った。
「違わないわ。貴女の子供はーー。貴女は20年も前に、産んだばかりの柊一郎さんとの子を捨てたんです」
「いやあぁぁぁぁっ!」
目の前の光景に僕は言葉を失った。
悲鳴を上げ混乱している女性を沙耶華さんは変わらず冷めた目で見つめた。
僕は此処に連れて来られた意味にようやく気づいた。
まさか……。
「違っ……この子は……ひぃくんは人形じゃない……」
「叔母様。彼は21年前に病院の前に捨てられていたそうです。寒空の下、柊の枝を添えられて……。もしかして彼はーー」
「違うっ。私のひぃくんはこの子よ。この子がしゅうくんと私の子よ。そんな子は知らないっ!」
女性は人形を守るように抱きしめ、誰の言葉も聞き入れようとしなかった。
「おばーー」
「もう出ていって。私はこの子がいればいいのっ。そんな子いらないっ」
女性は泣き叫び、ソファーにあったクッションを僕に投げつけた。
でも、その目には僕は映っていなかった。
「沙耶華様」
執事さんに名を呼ばれた沙耶華さんは、ため息をひとつ吐くと部屋を出ていった。
僕も執事さんに促され部屋を出た。
部屋の外に出ても女性の泣き叫ぶ声が聞こえた。
僕は来た時と同じ車に乗り込んだ。
車に乗り込む前に執事さんから貰ったマスクは肌触りの良く呼吸がしやすいものだった。
不意に後部座席のウィンドウが下がった。
見上げるとそこに沙耶華さんがいた。
「あなたは何のためにあの方の傍にいるの?」
「え?」
「あなたは……自分があの方の傍に居る価値があると本気で思ってるの?」
僕は何も言い返せなかった。
ウィンドウが閉められ、車は静かに発進した。
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