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第76話

「今、俺には縁談の話が進んでいる。相手は不動産関係の会長の孫だ」 「……」 創士様に握られている左手が強張った。 その相手はきっと沙耶華さんのことだ。 「義母(はは)の紹介で4ヶ月前に会った」 「……」 「黙っていて、ごめん」 頭を振った。 だって、知っていたから。 知っていたけど、実際に言葉にされたら胸が痛かった。 「何度も断りを入れているが、俺の預かり知らぬところで進められていて、現状、俺はその人と婚約関係になっている。……たぶん、その内、ここにも義母かその婚約者が来るかもしれない……。そうなれば柊には迷惑を掛ける」 僕は頭を振った。 創士様は知らないんだ。 すでに奥様と沙耶華さんがここに来たことも、僕が2人に会ったことも。 「俺は結婚はしない。それだけは信じて欲しい」 僕は頷いた。 僕は創士様を信じてる。 貴方に引き取られた時からずっと信じてる。 顔を上げ創士様の目を見つめ、重ねられた手にそっと右手を乗せ握った。 気持ちが伝わるように願って強く握ると、ふっと笑ってくれた。 「俺からの話はここまでだ」 体がビクリと跳ねた。 重ねた手を。 手首を握られた。 それは逃さないと言われてるようだった。 「今度は柊の話を聞かせてくれるか?」 僕の話。 それは、きっと逢坂様のことだ。 何て話せば、どこから話せばいいか分からない。 でも話そう。 どんなに拙くても僕の言葉で。 「あのーー、ケホッ、ケホッ、んっ、ゲホゲホッ」 僕の決意とは裏腹に、咳は止まってくれない。 「ごめん。その咳じゃあ話すのは辛いだろう?」 「でもーーゲホッ」 「いいよ。その代わり、俺の問いに頷くか首を振って答えてくれ」 ちゃんと話したいが、まともに喋れない状態の僕には頷くことしかできなかった。 「……今日、帰りが遅かったのは、逢坂(あいつ)に会ってきたからか?」 え……?

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