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第77話
――逢坂に会ってきたからか?
「ちがっーーゲホゲホッ、ゴホッ」
左手を掴む手が緩んだだめ、引き抜いて口元を押さえて咳き込みながら僕は頭を横に振った。
「……そうか。……なら、どこに行っていたか教えてくれるか?」
ハッと頭を上げると、創士様の目はどこか僕を疑っていた。
だけど、今日のことは言えない。
口止めされてはいないけど、話してしまったら沙耶華さん に会ったことを知られてしまう。
だから、今はまだ話してはいけないと思った。
「柊、言えないのか?」
その言葉に僕は小さく頷いた。
「……そうか。なら次。逢坂とはいつから会っていた?5月の、あの外泊した時からか?」
頷くと、創士様からため息が溢れた。
「脅されていたのか?逢坂にずっと関係を強要されていたのか?」
頷、けなかった。
脅されたのは事実だ。
でもそれは最初だけで、僕はそれを受け入れた。
逢坂様の言葉を疑いもせず、少しでも貴方の役に立てればって勝手に思い込んで。
「柊?」
「創士様っ、僕はーーぐっ」
こんな時に咳なんか出ないで。
言いたい。
僕の言葉でちゃんと話したい。
のに……。
「ゲホゲホゲホッ、ヒュー、ゴホッ、ッ、ゲホッ、ゲホッ」
「無理に話すな」
「でもっ、ぐっ、ゲホッ、ゲホッ」
必死に創士様のシャツを掴んでしがみついた。
ちゃんと話したい。
ちゃんと、僕の言葉で伝えたい。
ちゃんとーー。
「……もういい」
「ケホッ、ぇ……」
力ない言葉とともに僕の体は引き剥がされた。
掴まれた肩から伸びる腕はピンと張り、僕が手を伸ばしても創士様のシャツに触れることはできても掴むことはできなかった。
そして、見上げた顔は背けられて目を合わせてはくれなかった。
「そうーー」
「少し、1人で考えたい」
立ち上がった創士様は、振り返ることなくリビングから出ていった。
「ケホッ……ケホッ……言え、な、かった……グッ、ゴホッ、ゴホッ」
止まらない咳に涙も出た。
結局ーー。
何も伝えることができないまま、翌日、僕はこの家を出た。
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