78 / 118

第78話

僕の新しい家は10畳のワンルームだ。 10階建ての3階の突き当たりで、ドアを開けると小さな玄関と小さな下駄箱がある。 3メートルほどの廊下の真ん中の左側には引き戸があって、開けると洗面台と洗濯機がある。 右手を向くとトイレ、左手を向くとバスルームだ。 廊下の先のドアを開けると床はフローリングで、入ってすぐの左側にはカウンターキッチンがあり、奥には大きめのクローゼットも備え付けられている。 1人で住むには十分な広さと設備だ。 しかも、必要な家具や生活用品は既に入れられていたため、すぐにでも寝ることもできる。 持ってきた荷物を部屋の隅に置くとセミダルのベットに座った。 今夜からここが僕の帰る場所だ。 1人で寝て、1人で起きて、1人分の食事を作って1人でご飯を食べる。 掃除も1人分だ。 ポケットから真新しい携帯を取り出す。 電話帳を開いて一つしかない連絡先に電話すると、3コールで出てくれた。 『もしもし?』 「あの、ケホッ」 『柊?』 「……はい、おばあさん。お久しぶりです」 『どうしたの?声がちょっと掠れてるみたいだけど。風邪ひいたの?』 「もう治りかけですから大丈夫です。それより、携帯を買い替えて連絡先が変わったのでその連絡でーーゲホッ」 『まあ、無理に話しちゃダメよ。そんなの、治ってからでも良いのに。ふふっ、律儀なんだから』 電話の向こうから聞こえる優しい声にほっとした。 2時間前まで、こんなことになるなんて思っていなかった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 「ただいま帰りまーーケホッ」 玄関には見覚えのある靴と、微かに残るエキゾチックな甘い香りに軽く咳き込んだ。 「……柊さん、おかえりなさい」 「……応接室ですか?」 出迎えてくれた家政婦さんの強張った顔に、僕は真っ直ぐ応接室に向かった。 「おかえりなさい。柊さん」 「今日は……コホッ……ご用件は何ですか?」 ソファに座り紅茶を飲んでいた奥様は、ソーサーごとカップをテーブルに置くとクスリと笑って僕を見た。 「1時間」 「……ぇ……。」 「時間をあげるから、身支度をしなさい」 「……なんのーー」 「あなたの新しい家を用意したから、1時間で出られるようにしなさい」 奥様は優雅な手つきでカップを手に取ると紅茶を飲んだ。

ともだちにシェアしよう!