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第78話
僕の新しい家は10畳のワンルームだ。
10階建ての3階の突き当たりで、ドアを開けると小さな玄関と小さな下駄箱がある。
3メートルほどの廊下の真ん中の左側には引き戸があって、開けると洗面台と洗濯機がある。
右手を向くとトイレ、左手を向くとバスルームだ。
廊下の先のドアを開けると床はフローリングで、入ってすぐの左側にはカウンターキッチンがあり、奥には大きめのクローゼットも備え付けられている。
1人で住むには十分な広さと設備だ。
しかも、必要な家具や生活用品は既に入れられていたため、すぐにでも寝ることもできる。
持ってきた荷物を部屋の隅に置くとセミダルのベットに座った。
今夜からここが僕の帰る場所だ。
1人で寝て、1人で起きて、1人分の食事を作って1人でご飯を食べる。
掃除も1人分だ。
ポケットから真新しい携帯を取り出す。
電話帳を開いて一つしかない連絡先に電話すると、3コールで出てくれた。
『もしもし?』
「あの、ケホッ」
『柊?』
「……はい、おばあさん。お久しぶりです」
『どうしたの?声がちょっと掠れてるみたいだけど。風邪ひいたの?』
「もう治りかけですから大丈夫です。それより、携帯を買い替えて連絡先が変わったのでその連絡でーーゲホッ」
『まあ、無理に話しちゃダメよ。そんなの、治ってからでも良いのに。ふふっ、律儀なんだから』
電話の向こうから聞こえる優しい声にほっとした。
2時間前まで、こんなことになるなんて思っていなかった。
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「ただいま帰りまーーケホッ」
玄関には見覚えのある靴と、微かに残るエキゾチックな甘い香りに軽く咳き込んだ。
「……柊さん、おかえりなさい」
「……応接室ですか?」
出迎えてくれた家政婦さんの強張った顔に、僕は真っ直ぐ応接室に向かった。
「おかえりなさい。柊さん」
「今日は……コホッ……ご用件は何ですか?」
ソファに座り紅茶を飲んでいた奥様は、ソーサーごとカップをテーブルに置くとクスリと笑って僕を見た。
「1時間」
「……ぇ……。」
「時間をあげるから、身支度をしなさい」
「……なんのーー」
「あなたの新しい家を用意したから、1時間で出られるようにしなさい」
奥様は優雅な手つきでカップを手に取ると紅茶を飲んだ。
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