79 / 118
第79話
奥様に命じられ、荷造りのためふらふらと自室に戻った。
クローゼットを開けて、ザッと見渡し一番大きいバッグを取り出す。
服は全部持っていけないから足りない時は都度買い足すことにして、服と下着は最低限の量にした。
次に通学用のバッグ2つを取り出しそこに教科書やノート等、必要なものを入れた。
再びクローゼットを覗いて端に掛けられた衣類カバーに入ったスーツを取り出した。
大学入学のお祝いに創士様が色や形を決めて仕立ててもらったもので、僕の宝物のひとつだ。
これは絶対置いていきたくない。
荷造りを終えクローゼットを閉めようとした時、足元にあった紙袋に目が入った。
紙袋には僕が初めて頂いたお給料で買った創士様への誕生日プレゼントが入っている。
渡せなかったそれをこのまま置いていったら、きっと捨てられてしまうだろう。
でも、それでいいのかもしれない。
僕はそっとクローゼットを閉めた。
「それだけ?まあいいわ。さっさと積み込んで」
奥様に指示を受けた運転手はトランクに僕の荷物を詰め込んだ。
「手配した業者が明日来るから、あなた対応してね」
奥様の言葉に家政婦さんは目を見開いた。
奥様が出て行った後、僕は家政婦さんに正面に立った。
「柊さん……」
「お世話になりました。お元気で」
家政婦さんに深々とお辞儀をすると、奥様を追って家を出た。
「携帯」
「え?」
「携帯を出しなさい」
車に乗り込むと、隣に座った奥様に携帯を取り上げられ、代わりに新しい携帯を渡された。
「今日からそれを使いなさい。これは解約するから」
「あのっ」
奥様にお願いして、新しい携帯に一件だけ連絡先を入れさせてもらった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
通話が終わると、携帯を放り投げてベッドに寝転んだ。
何もかもが新しいこの空間は、どこか寒く感じた。
「おばあさん。……僕、お別れを、言えなかったんだ……」
見上げた真っ白な天井が歪んだ。
ともだちにシェアしよう!