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第85話
黒塗りの車に乗り込むと静かに発進した。
「3週間、振りかな?僕はちょっと忙しくて連絡できなかったけど、柊はどうしてた?」
「……」
「柊、携帯変えたでしょ」
「……」
僕は無言を貫くことを決めた。
その矢先、運転手が急ブレーキを踏んだ。
「も、申し訳ありません。急に猫が飛び出してきて」
焦りながら謝罪する運転手とは対照的に、飛び出してきた猫は慌てる様子を見せずにのんびり横断していった。
猫が無事なことにホッとした僕は、倒れて落ちたバッグを拾おうと手を伸ばすと先に逢坂様が拾ってくれた。
「ありがとうござっーーちょっ」
「おや、柊、バイトでもするの?」
バッグが倒れた際に飛び出した履歴書を取り出し繁々と眺めた。
履歴書を取り返そうと手を伸ばすが広い車内でシートベルトをしているため届かない。
「返してください」
「働きたいのなら僕の会社で僕の秘書として雇ってあげるよ」
「何をっ」
「夜も付き合ってくれるなら、個人的に色も付けてあげるよ」
履歴書の写真に唇を当てて僕を見る姿にゾワっと寒気が走った。
「お、お断りします」
「わっ……あーらら」
腕をめいいっぱい伸ばして掴んだ履歴書はビリっと音を立てて破れた。
逢坂様は残念そうな顔で写真を剥がすと、破れた残りの履歴書を僕に返した。
「でも写真はもらうね」
逢坂様は僕の写真をスーツの内ポケットにしまった。
それから1時間後。
大学の近くで解放された。
「来週、同じ時間にまた会いに来るよ。もしいなかったらマンションに押しかけちゃうかもね」
そう言い笑う逢坂様に僕の顔は強張った。
そして、車は僕を残して静かに発進していった。
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