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第86話
逢坂様とまた会うことになった僕は気もそぞろで何も手につかなかった。
「柊?ひいらぎっ!」
「ふぁいっ。わっ」
「わっ、柊」
視界いっぱいに田村の顔があって僕は驚いて後ろに下がろうとしたら、椅子の足が絨毯に引っかかって座っていた椅子ごと体が後ろに傾いた。
すぐに田村が僕の腕を引っ張ってくれたおかげで、なんとか倒れずに済んだ。
「あっぶな。大丈夫か?」
「あ、うん。ありがとう……あ、あの……田村?」
田村は僕の腕を掴んだまま怒ったような顔を向けて少しの間黙り込んでいたが「ちょっとこい」と突然僕の腕を引いて図書館を出た。
人気のない建物の裏に着くとようやく田村の足が止まった。
「た、田村、どうしたの?」
「ーーどうしたの?……はこっちのセリフだ」
振り返った田村の顔はやっぱり怒っていて、その圧に僕は驚き肩が震えた。
「た、たむーー」
「あーもうダメだ。もう少し待とうかと思ったけどやっぱ無理だ」
「あ……痛っ」
掴んだままの手に力が入り腕の痛みに思わず声を上げると、ハッとした顔をして手を離してくれた。
「悪りぃ。……なぁ、柊、何があったんだ?いい加減話せよ」
「……」
「……っ。お前、あの男に何かされたんだろ」
「……あの男って?」
「夏休みにお前を迎えにきた男だよ」
その言葉に僕は驚き目を見張った。
田村は何故そのことを知っている?
「あの日、俺も実家から戻ってきててさ、前を歩いていた柊が迎えにきたあの男に連れて行かれたところを見たんだ」
「うそ……」
「あん時、俺、柊に声かけれなかったことアパートに帰ってからすっげえ後悔した。最近の柊の顔、あの男に連れて行かれた時と同じ顔をしてる。すげえ苦しそうだ」
その場に田村がいたことに気づかなかったし、そこまで見られていたなんて気付かなかった。
逢坂様とのこと田村に話したらどう思われるだろう。
今日これから会うって話したら……。
気持ち悪いと軽蔑されて、もう友達でいられないかもしれない。
恐怖で僕の身体がカタカタ震えて、呼吸も上手くできなくなった。
「あ、あの……はっ、はっ」
「柊」
名を呼ばれた僕の身体は田村の腕の中にすっぽり埋まった。
「落ち着いて、ちゃんと呼吸しろ」
「あ……」
背中をさすられると少しずつ呼吸ができるようになった。
大きく息を吐いてから、僕は田村に打ち明けた。
創士様と恋人関係だったこと。
田村が見かけた逢坂様との契約のこと。
突然現れた創士様の婚約者と奥様のこと。
そして、今一人暮らしをしていること。
僕の過去全てを話すことはできなかったけど、今僕が言える全てを話した。
田村は難しい顔をして聞いていたが嫌悪感を出すことはなかった。
「なんで、そういうこともっと早く話さないんだよ」
「ごめっ」
「謝んな。柊が悪いんじゃないし、むしろ被害者だろ」
「でもーー」
「柊は嵌められたんだよ。逢坂って男に。家追い出されたのも、その奥様のせいじゃん」
僕は驚いた。
田村からそんな風に言われるなんて思わなかった。
それがとても嬉しくて泣きそうになる僕を田村はもう一度抱きしめた。
「なあ、……俺じゃダメか?」
「え……」
「俺ならずっと柊の傍にいて守ってやる。逢坂ってやつとのことも忘れさせるし、創士様ってやつのことも」
少しできた隙間から見上げると至近距離に田村の顔があった。
それはどんどん近づいてきてーー。
「……たむーー」
それ以上言葉を紡げなかった。
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