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第89話

僕がぶつかった相手は創士様だった。 そして、隣で創士様の隣には沙耶華さんがいた。 沙耶華さんは僕に気づくと、創士様の腕に胸を押し付けるように腕を絡めた。 「ひーー」 「こんなところで会うなんて奇遇ですね。あれ、そちらの方は?」 創士様の言葉を逢坂様が遮った。 逢坂様は僕の体を引き寄せ密着させると、笑顔で創士様に話しかけた。 「こちらは……」 「初めまして、私、創士さんの婚約者の沙耶華と申します」 「婚約者……へぇ」 「貴方は逢坂様ですよね?」 「ご存知なのですか?光栄です」 「もちろんですわ。ビジネス誌でよくお見かけしてますから。でも、それ以外でもチラッと噂は聞いていましたけど、本当のようですのね」 意味ありげに微笑む沙耶華さんに、逢坂様は僕の隣でニヤリと笑い返した。 「それにしても、貴方に婚約者がいたとは初耳です。あ、おめでとうございます」 「あ、いえ。ありがとうございます」 「式には是非僕も招待して下さい」 「え……あの、それはーー」 「是非、来てください。招待状を送りますから、宜しければそちらのパートナーの方とご一緒に」 僕は言葉が出ず、見ていることしかできなかった。 創士様と沙耶華さんがレストランに入って行くのを見送った後、逢坂様から離れた。 「僕、帰ります」 「いいよ。ただし、一杯だけ付き合ってくれたらね」 耳元で囁くと、僕の腰を抱いて上のフロアにあるバーに連れていった。 出されたお酒は一口飲むとクラクラするほど強くて咽せた。 それでも無理矢理全部飲んでスツールを降りると膝に力が入らず崩れ落ちた。 「大丈夫かい?」 「か、えり、ます」 「その状態で?」 「帰り……うっ」 立ち上がった瞬間、視界がぐらついた。 「大丈夫ですか?」と駆け寄ってきたウェイターの方が手を差し伸べて声をかけてくれたが、吐き気に声を出すことができなかった。 「僕が連れて行くから大丈夫だ」 立ち上がらせようとしたウェイターの手を逢坂様が拒み僕の体を抱き上げた。 「ああ、でも。今僕の手が塞がっているから、このまま着いてきて部屋のドアを開けてくれるかな?」 そう言うと、胸ポケットからカードキーを取り出してウェイターに渡した。 僕を抱き上げた逢坂様はウェイターを引き連れ、さらに上層階の部屋へ向かった。 ウェイターはカードキーでドアを開錠しドアを開け明かりをつけた。 僕を抱いた逢坂様が中に入るとウェイターはカードキーを返して静かにドアを閉めた。 カチャと聞こえた鍵の閉まる音は、とても重く聞こえた。 「ふふっ、今日は優しく抱いてあげるよ」 囁かれた声に身震いする身体は、回ったお酒のせいでもう指一本動かすことができなかった。

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