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第95話
※創士視点
「ひーー」
声をかけようとすると隣にいた婚約者が腕に胸を押し付けてきた。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね。あれ?そちらの方は?」
逢坂は柊の体を引き寄せ薄ら笑いをしながら聞いてきた。
「こちらはーー」
「初めまして。私、創士さんの婚約者の沙耶華と申します」
「婚約者?……へぇ」
婚約者が俺の言葉を遮って自己紹介をすると、逢坂は興味深気に俺たちを見てきた。
そんなことに構わず婚約者はまた口を開いた。
「貴方は逢坂さん、ですよね?」
「ご存知なのですか?光栄ですね」
「もちろんですわ。ビジネス誌でよくお見かけしてますから。それ以外でもチラッとお噂は聞いていましたけど、本当のようですね」
意味ありげに微笑む婚約者に対し、逢坂はニヤリと笑い返した。
「それにしても、貴方に婚約者がいたとは初耳です。あ、おめでとうございます」
「あ、いえ。ありがとうございます」
大袈裟に祝辞を述べる逢坂に、婚約状態の彼女の手前「違う」とは言えず、今は適当に流すことにした。
「式には是非僕も招待して下さい」
「え……あの、それはーー」
「まあ!是非、いらして下さい。招待状を送りますね。宜しければそちらのパートナーの方とご一緒に」
柊をチラッと見ると、悲し気な瞳で俺たちのやり取りを見ていた。
案内された個室は、以前、逢坂と訪れた部屋だった。
壁にかけられた絵を何度か眺めるが、婚約者はその絵を見ることはせず夜景ばかり眺めていた。
「美味しかったですね。おまけに夜景も綺麗でうっとりしちゃいましたわ」
「……そう、ですね」
やはり絵は見ていなかったことにあからさまにガッカリした。
「この絵の猫、どこかクロスケに似てますね」
柊なら、夜景よりも絵を見てきっとこう言っただろう。
ついそんなことを考えてしまった。
「創士さん、まだ時間もありますし、上のバーで少し飲みまーー」
「申し訳ありませんが、今日中に片付けなければならない仕事がありますのでこれで失礼します」
誘うように絡みつく婚約者の腕を無理矢理剥がし頭を下げると、俺は足早にその場を後にした。
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