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第97話
僕は走った。
前だけを見て。
ただ1人の大切な人に逢いに……。
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「創士様を奪い返すって……そんなのーー」
「無理かどうかはやってみないとわかんねーだろ」
「でも、僕は……」
「そんなしょぼくれた顔して『諦めた』って言っても、ぜんっぜん説得力ないぜ」
田村はムニッと僕の両頬を摘んでいっぱいにひっぱるとパッと離した。
「痛ひ……」
痛む頬を揉むと田村は笑顔で頭をワシワシと撫でた。
「やらない後悔よりやって後悔しろって言うだろ。お前のその腹ん中全部曝け出してぶつかってこいよ。それで玉砕したら、そん時は俺が慰めてやるから。……それとも、今慰められたいか?」
「っ!」
口を尖らせた顔を寄せてきた田村に、思わず両手で押し返した。
「ぶはっ、あははっ。ほら、さっさと支度しろ。その間にタクシー呼んどくから」
僕は頷いて身支度を始めた。
タクシーがホテルに着くと「支払いはしておく」と田村に背中を押された。
移動中に渡された案内図を見て、何度もシミュレーションしたルートで向かった。
大学進学祝いに創士様がくれたスーツはストレッチが効いているのか、どんな動きにもフィットしてとても走りやすい。
前を歩く人、向かってくる人を避けながら走ると目指す宴会場エリアに着いた。
今日は大安吉日で結婚披露宴の招待客でフロアは人で溢れていた。
全体をざっと見渡す。
こんなに人が居たら見つからないかもって思った。
でも。
見つけたーー!
僕は迷いなく進むと手を伸ばして掴んだ。
「待って……」
見上げると、驚き大きく見開いた目と合った。
「柊……」
「創士、様……あの……ぁ……」
言いたいことがあったが、視界に入ったものに目を奪われて言葉に詰まってしまう。
その直後、背後から肩を掴まれ引っ張られた。
「ちょっと、なんであなたがここにいるの!約束が違うじゃない。っ、その手を離しなさい!」
「ちょっ、やめーー」
バシーンッ!
制止しようとした創士様の手が間に合わず僕は奥様に叩かれた。
叩かれた頬はビリビリと痛みが走り、叩かれた側の耳が一瞬聞こえなくなった。
その音は相当大きかったのか、何事かと遠目でその様子を見ていた人たちが騒ついた。
注目を浴びていることに気づいたけど、それでも僕はその手を離さなかった。
「柊、大丈夫か?」
叩かれた頬に触れ心配そうに覗き込む創士様に、無意識に止めてしまっていた息を吐いた。
「創士様。……僕っ、僕はっ、ハッハッ」
息が上がっててうまく声が出せない。
そうしているうちに言葉がまとまらなくなって、余計に声が出なくなり悔しくて唇を噛んだ。
『気持ちを秘めているだけでは誰も見つけてなんてくれない。大切な相手にだけは言葉にしなさい。上手く言えなくてもいいんだ。想い合う相手なら、君の声を届けたら、それが例えカケラでもちゃんと見つけてくれるよ』
おじいさんの言葉が聞こえた気がした。
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