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第98話
『大切な相手にだけは言葉にしなさい』
その言葉が僕の背中を押してくれた。
「嫌だ!」
僕は叫んだ。
全速力で走ったから太ももは笑っちゃうくらいガクガクと震えて、肺はものすごく痛い。
息も整わない僕はそれでも必死に続ける。
「い、やで、す。そうーー」
僕の身体は創士様に痛いくらいに抱き締められた。
「柊。うん」
「行か、ないで……あなたっのっ、傍にっ、居らっれなっいのは……もぅ、嫌っなんっです」
「うん。……うん」
息が整ってないから気持ちばかりが急いて言葉が途切れ途切れだ。
だけど、創士様は何度も頷いて耳を傾けてくれる。
「僕……は、あなたが……」
「柊、わかったから無理に話すな。苦しいだろう?」
頭を振った。
僕の背中に触れる手は僕の気持ちが伝わったと教えてくれる。
でも、それだけじゃ足りない。
僕は創士様から体を離して一度深呼吸をした。
見上げるとまだ心配そうな目が僕を見つめていた。
「僕には、創士様が必要なんです。僕は……あなたがいないともう息もできない。……あなただけが……あなただけを愛しているんです」
伝えたかった言葉を言い終えて笑みを浮かべると、雫が一滴頬に当たった。
そして、また強く抱きしめられた。
「ありがとう。……柊……俺も……」
僕の耳にだけ聞こえた言葉に、僕の眦からもポロポロ雫が落ちた。
「何の騒ぎですの?……え、創士さん?……それに……」
驚いた様子の沙耶華さんの目に僕が映ると、刺すような視線に変わった。
その後ろから杖をついた高齢の男性が近づいて来た。
「創士くん。……ああ……賭けは、君の勝ちのようだね」
「はい」
僕は創士様とその男性を見て、周りを見ると僕以外に沙耶華さんと奥様も状況が飲み込めていないようだ。
「創士くん。紹介してくれるかい」
創士様は僕を隣に立たせると手を握った。
「柊です。……彼が私のパートナーです」
「なっ、創士さん。何を言ってるの!」
悲鳴のような声をあげ近づこうとした奥様を隣にいた男性が制止した。
「そうか。……柊さんと言うのか。……うむ、良い名だ」
「お祖父様、何を言ってるーー」
「沙耶華。この縁談は破談だ。さぁ、そろそろ披露宴が始まるから行くぞ」
「えっ?何?どういうこと?」
沙耶華さんは両親と思しき2人に囲まれ、お祖父様と呼ばれた方と行ってしまった。
「父さん。俺たちも帰ります」
「ああ、私たちも帰るよ。今度、2人で家に来なさい」
「はい」
優しい笑顔を僕たちに向ける創士様のお父様に両肩を掴まれていた奥様は、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「柊、帰ろう」
見上げた顔は晴れやかな笑顔だった。
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