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第100話

タクシーが最後の角を曲がる頃、肩に乗っていた頭がもぞもぞ動いた。 ギリギリまで寝かせておこうと思って財布を手に持っていたのに、目覚めた創士様は到着するや否やクレジットカードを出して支払ってしまった。 急かされるようにタクシーを降り手を引かれて玄関に入ると、框の上に家政婦さんが居た。 「おかえりなさい。創士さん。……柊さん」 「ただいま。ほら、柊も」 「……た、ただいま、帰りました」 「はい、おかえりなさい」 家政婦さんは目尻にうっすら涙を浮かべてニッコリ笑った。 家政婦さんに手を引っ張られ上がると、「ちょっと着替えてくる」と創士様は自室へ向かった。 僕は家政婦さんに連れられダイニングルームに入ると、美味しそうな料理が並んでいた。 「わぁ……」 「柊さんの好きなものを作ったんですよ。でも、創士さんから柊さんが洋食屋さん仕込みの美味しいオムライスを作れる様になったって言われたから、味は負けてしまうかもしれませんね」 「そ、そんなことはありませんっ」 頭をブンブン振るとふふふっと2人で笑った。 「お腹空いたでしょう?ほらほら座って温かいうちに食べてください」 「で、でも創士様がっ」 「いいんですよ。全部、柊さんのために作ったものだから、創士さんは残ったものでも食べさせておけばいいんですよ」 「おいおい、酷いな。急いで着替えてきたのに」 「あら〜もう戻って来たんですか?」 家政婦さんが憎まれ口を叩いて笑っていたが、僕は言葉が出なかった。 「……どうだ?」 「ぇ……あの……」 「柊さん」 慌てる僕の隣で家政婦さんが背中を優しくさすってくれた。 「あ、あのっ。と、とてもお似合いです」 「ありがとう。柊」 「本当によく似合ってますよ」 創士様も家政婦さんも嬉しそうに笑った。 創士様はネクタイはそのままで、礼服からスーツに着替えてきた。 そして、ポケットからはハンカチを取り出すと僕の頬に当てた。 処分されたと思っていたネクタイとハンカチは、家政婦さんが創士様に渡したのだろうか? それらを纏った創士様の姿に僕の目からはポロポロ涙が溢れ、創士様はそんな僕に優しく微笑んだ。 「ほらほら、料理が冷めますから早く食べましょう!」 パンッと手を叩いた家政婦さんに急かされ、創士様と僕は席に着いた。 食事を終えると家政婦さんは帰った。 「次は柊さんのお誕生日にまた来ますね」と言ってくれた。 「柊、ちょっといいか?」 「はい?」 創士様に手を引かれて行った先は創士様の隣の部屋だった。 ここは創士様の趣味の部屋だ。 8畳ほどの広さの壁に並んだ僕の背丈より高い棚には沢山の本とDVDが並んでいる。 中央には大きなソファーとローテーブル。 ドア側の壁には大きなスクリーンがあり、両サイドにはスピーカーがあった。 そこで時々、一緒に映画を観た。 そんな部屋にどうして……? 「えっ?これって……」 中に入るとそこにあったはずのものが全てなくなっていて、代わりに新しい机とベッドがあった。 「近々、改装工事をする予定だから最低限のものしか入れてないが……」 「もしかして」 「ああ、今日からここが柊の部屋だ」

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