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第102話
「柊、俺の話も聞いてくれるか?」
ハンカチで涙を拭いてくれる創士様を見上げて頷く。
「柊に会った翌日。俺は沙耶華さんのお祖父様のところに行った。何度義母 や沙耶華さんに伝えたところで埒があかなかったからな。そこで恋人がいることを伝えると賭けを持ちかけられた」
「賭け?」
「もし、今日あの会場に柊が来なかったら……俺は沙耶華さんと結婚すると。……でももし、柊が来て俺を引き止めてくれたら破談にしてくれると」
「……え」
僕は驚いて涙が止まった。
「知らなかっただろ。このことを知っているのは沙耶華さんの両親と俺の父だけだったからな」
「うそ……」
「義母 が知っていたら柊には絶対連絡しなかっただろうから。それでも急に呼ぶように言われて、なんとか柊を来させないよう仕向けたみたいだな」
「はい。今日は家から一歩も出ないように言われました」
もし今日行かなかったら。
田村が来てくれなかったら、もう二度とこうしてちゃんと話をすることすらできなかった。
「田村くんだっけ?彼には助けられた」
「あっ、昨日、田村が押しかけたって……」
「住所はあの洋食屋で無理矢理聞き出したそうだ」
「あ」
そういえば、バイトする際に連絡先に住所と電話番号を書いたメモを渡していた。
「胸ぐら掴まれて『柊を悲しませてんじゃねぇよ。あんたが何もしないなら柊は俺がもらう』って怒鳴られた。……でも、彼のおかげで今こうして柊が隣にいてくれる。だから感謝してもし足りないよ」
もし、この賭けの話を事前に聞いていたら僕はどうしていただろう。
結婚して家庭を築く、もう一つの創士様の未来を邪魔することが出来ただろうか?
それをわかってる上で、この手を無我夢中で掴むことが出来ただろうか?
だから田村は。
「た、田村は、何も言ってくれませんでした。ただ僕の背中を押してくれた」
「そうか……。彼はちゃんと柊のことを理解していたんだな」
「……はい」
創士様に抱きしめられた僕は、大きな背中に腕を回して強く抱きしめ返した。
そして心の中で田村に感謝した。
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