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第107話

初めて会った時から僕は「創士様」と呼んでいた。 それは当時の義父が「ウチに来る人は皆お金をくれるお客様だ。ちゃんと敬って『様』を付けて呼べ」と言われたからだ。 だから、ずっと敬って『創士様』と呼んでいた。 首を傾げる僕に「はあぁぁぁ」と創士様は大きなため息をついた。 「えっ、創士様を『創士様』と呼ぶのは変ですか?」 「変、ではないが、『様』付けは他人行儀に感じる」 「でも」 「逢坂のことも『逢坂様』と呼んでるし」 「あ……」 それは昔の名残だ。 それ以外の呼び方を知らなかったから。 そう呼ばないと後で義父に殴られたから。 「でも、お前の友人の田村くんは呼び捨てだった」 「あの、それは」 「正直ちょっと羨ましかった」 ふっと創士様は笑ったけど少し寂しそうだった。 染み付いてしまった呼び方は簡単には変えられない。 でも、そう言ってしまって良いのだろうか? 「田村は同い年で最初の頃に呼び捨てにして欲しいと言われたから……。でも、創士様は歳上ですし」 「本当に駄目か?」 いつの間にかフォークは取り上げられ、両手を握られていた。 懇願するように僕の目を真っ直ぐ見つめる目を逸らすことができなかった。 そして、気持ちに応えたいと思った。 「あ、あの……」 緊張と恥ずかしさで顔が熱くなった。 唇は震え、口の中が渇く。 それでも口を開いた。 「あの……創士、さん」 「……っ!」 僕を見つめる目が驚きで大きくなった。 それだけじゃなく、頬も薄ら赤みをさした。 「創士さん」 もう一度呼ぶと、今度は耳が真っ赤になった。 その変化に僕の頬が緩んだ。 「創士さーー」 もう一度呼ぼうとした僕の言葉は創士さんの口の中に吸い込まれた。 甘い香りと味のキスは先程の触れるだけとは違い、あっという間に深くなった。 長く絡め続けた舌からは甘さは消えたけど、鼻から抜ける香りと漏れる声はずっと甘かった。 「柊」 「ん……」 「今夜はベッドの中でも名を呼んでくれるか?」 銀糸が伝う唇から出た誘う言葉に僕の身体は熱くなる。 「はい……創士さん」 今度は僕からキスをした。

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