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第116話
沙耶華視点②
叔母とは10しか歳が離れていない。
蝶よ花よと育てられた叔母は高校生になっても夢見る少女だった。
「沙耶華ちゃん。私ね、素敵な人と恋をして、その人と結婚して可愛い赤ちゃんを産んで幸せになるのが夢なの」
そんな夢物語を何度も語る叔母には許嫁がいて、叔母が2年生に上がった頃、婚約者に昇格した。
その頃になると叔母は夢物語を語らなくなり、現実を受け入れたように見えた。
あの男が現れるまでは。
叔母が高2の秋。
短大進学を望む叔母のためにお祖父様は家庭教師を雇った。
家庭教師としてやってきた男は大学2年の学生で『柊一郎』と名乗った。
常に優しい笑顔で怒る姿が想像できないこの男に叔母は一目で恋をした。
それから叔母はまた夢見るだけの少女に戻った。
家庭教師が来る日は着飾り、褒めてもらうため勉強も頑張った。
3ヶ月経つ頃には「婚約破棄したい」とお祖父様に言い出すようになった。
高校3年生に上がってすぐ叔母の妊娠が発覚した。
お腹の子の父親と疑われた男は家庭教師をクビになった。
程なく、男は事故で亡くなった。
半年後、その事実を知りショックを受けた叔母は家を飛び出した。
妊娠8ヶ月の身重の状態で彷徨い腹痛を訴え駆け込んだ公園のトイレで子どもを産むと、その子どもをタオルにくるんで病院の前に置いて逃げた。
柊の枝を添えて。
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若いメイドからそう聞かされた。
「亡くなってるってどういうこと?」
「死産だったそうだ」
お祖父様は静かに言った。
「うそ……」
「嘘ではない。あと、子どもの父親は柊一郎くんではなかったんだ」
その言葉に驚いて振り返ると父は言葉を続ける。
「父親は旦那った男だった。あの子から婚約破棄したいと言われてカッとなって襲ってしまったそうだ。このことを責め立てると、どうせ結婚するんだから問題ないだろうと開き直られたよ」
「それじゃあーー」
叔母はその出産後の処置が遅れたのが原因で、結婚後にできた子どもを流産した。
そして、子どもを成せなくなったため離婚を突きつけられ追い出され戻ってきた叔母は夢見る少女に戻っていた。
叔母は人形の赤ちゃんに『柊』と名を付け、毎日話しかけ世話をした。
柊一郎によく似た柊に婚約者の家で会い、彼の生い立ちを調べさせ、その報告書と当時メイドに聞いた話から柊が叔母の子と確信した。
そして、柊を連れてきて会わせた。
これで叔母は長い夢から醒めてくれると信じて。
だが、夢見る叔母は理解していたのだ。
産んだ子の父親は柊一郎でないこと。
産んだ子供はこの世にいないこと。
子どもを産めない身体になったこと。
それらの現実を受け止めきれずに彼女の心は壊れたのだと。
今やっと気付いた。
「私は……私は何のために……」
「お前のしたことは2人の人間を傷付けただけだ」
「違っ……私はお姉さまのために……」
膝から崩れ落ち、声が枯れるまで泣き叫んだ。
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