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第4話 あふれる蜜
夕食は屋外でふるまわれた。製造所と母屋に挟まれた庭にはいつのまにかテーブルと椅子が準備され、煉瓦の炉の上でぐつぐつとスープが煮えている。巨大な鉄の鍋の下に炎がひらめき、たくましい腕をした料理人が穀物と肉を炒めた。黒鳶がぼうっとしているあいだに、魔法のように用意されていたのだ。
鐘が鳴ると製造所から男衆や女衆がぞろぞろと出てきて、どこからか子供たちも集まってきた。ランプの明かりが夕闇を照らすなか、山吹は黒鳶に料理を盛った皿をわたした。
「ほら、俺の横に座って。騒がしいから」
そのとたん向かいに座った男衆が思わせぶりな目つきで山吹をみて、指を丸めるような仕草をした。いったい何だろうと黒鳶はどぎまぎしたが、山吹は「やめてよナラおじさん、黒鳶がびっくりするだろ」といっただけだ。
「いつもはおまえが一番騒がしいじゃないか、山吹。あんた、黒鳶っていうのか」
「はい」
黒鳶は緊張してうなずいた。いったい何を話せばいいのか、首が自然に縮こまってしまう。男は黒鳶の緊張をみてとったのか、目尻をゆるめて「小さいのがうるさくするだろうが、ゆっくりしていけ」といった。
山吹が黒鳶の肘をつつき、椅子に座らせる。集まった人々の前に皿がいきわたると大きな鍋はからっぽになった。スープも炒めた穀物も黒鳶がこれまで食べたことのない味だったが、美味しかった。山吹は肘があたりそうなほど黒鳶にぴたりとくっついて座り、飲み物の水差しや果物がまわってくると黒鳶の分まで取り分けてくれた。
「毎日こんな風に食べるの?」
そっとたずねると山吹はうなずいて「この時期だけだ。今はこの森の一族がみんな集まっているから」と答えた。黒鳶は何人いるのか数えかけ、途中であきらめた。
大きなテーブルのあちこちで女衆はぺちゃくちゃとお喋りをし、男衆の笑い声も響いたが、なぜか黒鳶の周囲は静かだった。ときどき山吹が「うまい?」とたずねてくる。耳元に息を感じるくらい、近い。黒鳶の心臓がドキドキ鳴った。夕食のあとで、という山吹の言葉が耳の中でくりかえされた。
後片付けは山吹や子供たちの仕事らしい。黒鳶も手伝おうとしたが、皿を重ねている最中に山吹が背後で肘をひく。
「部屋で待ってて」
「う、うん……」
離れの小屋へ黒鳶がちかづくと、戸口でリンリンと鳴く虫の声がいったん静まった。ベッドは官舎よりずっと大きかった。黒鳶は腰をおろして大きく息をつく。この部屋に最初に入った時のキスの感触が蘇り、頬が熱くなった。
こんな風に誰かに誘われたことなんてないし、誘ったこともない。
でも山吹はちがうのだろう。鹿族は雨の季節の前につがいを決めることが多いといわれる。山吹には今年の春、つがいの相手ができなかったのだろう。それともつがいを決めずに、気に入った相手を好きな時に誘っているのかも。
もっともそんなふるまいは斑鹿族には珍しい。斑鹿が少数派なのは、ふつうの鹿族よりつがいの絆が強いのも原因だと考えられている。過去に月人が斑鹿族を狩った時、つがいを狩られた者は生きる気力をなくし、他の者と交わるのを恐れたという。
一方、ふつうの鹿族は狼や熊よりずっと多情な種族だ。毎年つがいの相手を変える者も少なくない。斑鹿族がますます少数派になるゆえんだ。
それとも自分が雄だから? どの種族にもつがいにならない一時の交わりに同性を選ぶ者がいる。そんな者は異性のつがいには忠実でも、同性との交わりはただの遊びと割り切っている。
山吹もそうなのかもしれない。
それでもかまわない、と黒鳶は思った。こんなことでもなければ、きっと自分は誰にも触れたいと思わなかっただろう。
思いをめぐらすのに疲れて黒鳶はベッドに背中を倒した。小さなランプを灯しただけの部屋は薄暗く、いつのまにか眠りに引きこまれていた。
トントン、と音がきこえ、あわてて体を起こす。窓の向こうに山吹の顔がみえた。黄色い髪がランプの明かりをうつしている。黒鳶が立ち上がったとき、山吹はもう開いた窓から部屋の中へ体をすべりこませていた。そこから漂ってくる、何とも表現しがたい良い香りにうなじの産毛が逆立った。
「遅くなってごめん」
「ううん」
すっと伸びた腕に抱きしめられる。黒鳶はそれ以上の言葉を口にできなかった。二度目のキスは最初のときよりずっと激しかった。背中を壁におしつけられ、山吹の舌は黒鳶の口の中を思うままに味わい、蹂躙した。誘われるままに黒鳶も自分の舌をさしだし、山吹にこたえようと必死になった。
唇を重ねあわせているだけなのに黒鳶の股間は緊張し、逆に膝はがくがく震えだす。頭の芯を甘くしびれさせたまま、黒鳶は腰にまわった山吹の手がシャツをはだけるのを許した。
「あっ……んっ」
口がいつのまにか自由になっていた。山吹の舌ははだけた黒鳶の胸をたどり、淡い桃色のとがりを順に舐め、軽く歯を立てた。
「あんっ、ああっ」
自分がこんな声を出しているなんて信じられない。黒鳶の心の一部はそう思っても、声と体は山吹に勝手に応えた。山吹の自在な指は黒鳶のズボンをゆるめ、下穿きの中に入りこむ。そして一気に引き下ろした。
黒鳶は壁にもたれて立ったまま、山吹に生まれたままの下半身を晒していた。尻を撫でられて揉みしだかれる。チュ、チュ、と音が鳴る。舌の温かい感触が胸からへそへ、もっと下へと動く。黒鳶の中心はとっくに上へもちあがっていた。先端をちろちろと舐められて「あっ」と声をあげてしまう。
「ああ……ここもきれいだ……」
山吹の声が下からきこえる。ささやかな茂みを舌で撫でつけられ、あっと体をよじった直後、黒鳶自身がすっぽり咥えこまれた。先端から根元まで、ぐうっとあたたかい感触に包みこまれる。
「あん、あ、ああん、あん、だめ、だめ……」
山吹は黒鳶を離そうとしなかった。グチュ、ズボッ……いやらしい音を立てながら顎を上下させ、黒鳶を追いこんでいく。はじめての感覚に黒鳶は自分を抑えられず、いつしか腰を揺すり上げていた。
「あ、出ちゃう、出る、あ――」
山吹の唇は黒鳶が精を吐き出しても離れなかった。独立した生き物のように吸いつき、飲みこんでしまう。黒鳶は壁に背中をもたれて立っているのがやっとで、荒い息をついていた。なぜか体がぐっしょり濡れ、雫が足元に滴っている。山吹の指が腋の下にふれた。
「黒鳶……ああ、可愛い……こんなに濡れて……」
「なに――」
腋の下、股間、背中――黒鳶の体じゅうにとろりとした雫が滴っている。山吹は黒鳶の肩に手をまわし、腋の下に顔をよせた。舌で雫を舐めとられ、黒鳶は悲鳴のような声をあげる。
「ああんっ、あ――や、山吹――これ――なに……」
甘い匂いがたちのぼって頭がくらくらした。
「大丈夫だよ……|斑鹿《おれたち》はつがいになる相手と愛し合うとき、こうやって蜜を分泌する」
山吹は黒鳶をそっと抱きしめ、ベッドの方へゆっくり動いた。
「ほら、俺も……ね……」
山吹はいつのまに裸になったのだろう。山吹はベッドに黒鳶を押し倒し、蜜のような雫に濡れた胸をおしつけてきた。それだけでとろとろと柔らかな快感に侵され、黒鳶はうっとりと目を閉じた。――と、堅く熱いものがへそのあたりを撫で、黒鳶自身に重なるように擦りつけられた。山吹の太い雄が股のあいだをなぞると、黒鳶の体のいたるところからまた蜜があふれ出す。
「あっ……こんなに……どうして……」
「ああ、すごいよ、黒鳶……ほら、うしろもこんなに濡れてる」
「や、やだっ、そこ、弄っちゃだ――」
あっと思ったときはもう止まらない。黒鳶はあわてて体を起こしたが、間に合わなかった。腰のうしろと耳がむずむずしたと思うと獣の毛が生えはじめ、耳と尻尾がぴゅっと立つ。
「ああん、こんな、や、恥ずかし……」
一部だけ獣に変わるなんて。黒鳶は羞恥に紅くなったが、山吹の眸はきらきらと輝いている。
「まさか。みせて、黒鳶の尻尾」
山吹の腕が肩を引き、黒鳶はあきらめて背中を向けた。
「ね、お尻あげて?」
「あんっ……そこ、弄らないで」
「ああ、尻尾も黒いんだね……」
山吹の指が尻尾のすぐ下に触れる。そこから蜜がとろとろとあふれ出しているのだ。山吹はさらにその下の穴に指をのばし、周囲に蜜をのばし、黒鳶の中へと侵入させた。
「あ――あっふ……あ……」
「痛い?」
黒鳶は首をふったが、尻をあげてうつぶせになった状態だから山吹にはわかったかどうか。雄同士の場合ここを使う、ということくらいなら黒鳶も聞きかじっていた。でも、こんな風になるなんて……。
黒鳶自身の蜜にまみれた指がゆっくり中を出入りする、黒鳶は息を吐き、体の中をさぐられる感覚に身を任せた。肌は熱く、頭もぼうっとして、夢を見ているような気持ちになっていた。こんなところまで誰かに触らせるなんて――そんなことが自分に起きるなんて、信じられない。
そのとき中を蠢く指がどこかに触れて、夢見心地の頭の中で白い星が散った。
「――あああっ――」
「ああ、ここ……だね……」
「ああん、あ、あ、いや、こ、こわい、あああん……」
「大丈夫だよ……」
ささやきとともに背中に重みがのしかかる。指はさらに黒鳶の快感が来る場所をえぐった。吐精ともちがう甘い快楽に立て続けに襲われて、黒鳶はうつぶせになったまま痙攣したようにふるえていた。
「あ、あっ、ああん、こわい、やまぶき……」
「こわい?」
「こんな……気持ちよくて……こわい……」
ふっと首筋に息がふきかけられた。黒鳶の中を弄っていた指がするりと抜けて、股のあいだに熱いものが押しつけられる。
「あ……」
黒鳶は背中をこわばらせた。今度はきっとこれが中に入るのだ。未知の恐怖を警戒して耳が勝手に立ちあがる。
「黒鳶」山吹の息が耳に吹きかけられた。
「大丈夫だから……ね、そのまま股を強く……そう、俺のを挟んで」
「こ……こう?」
黒鳶は腰をあげ、山吹のいったとおりにしようと必死になった。
「うん、そう……ああ、気持ちいいよ……」
山吹の雄が蜜に濡れた股のあいだを動き、黒鳶自身も揺さぶっていく。蜜にまみれた肌がこすれ、打ち合わせる音が響き、やがて山吹が「ああ……」と吐息を漏らした。草に似た精のにおいが漂う。
「黒鳶……好きだよ」
すっかり湿ったシーツの上で横向きに抱きしめられる。山吹も満足しているのを感じて黒鳶はほっとし、力を抜いた。これまで知らなかった快楽をいくつも経験して、なんだか混乱した気持ちだった。おまけに、こうして山吹の眸にみつめられると、これまで知らなかった気持ちの嵐にどこかへ押し流されてしまいそうだ。
「そうだ、雨のにおいだけど……」
山吹がぼそぼそといった。
「明日は製造所は休みだ。明後日からはじめるけど、完成に五日は必要だ。黒鳶はそれまでここにいられる?」
「……うん」
黒鳶は頭の中で日数を数えた。休暇は残り九日あった。大地の精油が完成するまでにあわせて六日間。それから列車に乗って帰りつくのに三日。ぎりぎり間に合う計算になる。
「うん、それで大丈夫」
つまり山吹と一緒にいられるのは、あと六日だ。そう思うと胸の奥がきゅっと締まった。
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