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第2話

 頭を強く打ったことで、ビクトルは記憶の一部をなくしていた。主にリノに関する記憶は全て忘れている。リノの存在自体が、彼の記憶から抜け落ちていた。  それ以外のことは大体覚えているので、日常生活に支障はない。なので、怪我が治り退院したビクトルは、普通に学校に通いはじめた。リノのことを忘れたまま。  ビクトルがリノに関する記憶を全て失っていることは、すぐに学校中に知れ渡った。そしてそれはビクトルに近づきたい生徒にとってまたとないチャンスだった。それを逃すまいと、積極的にビクトルに近づく者が大勢いた。  そしてその生徒達は、ビクトルに記憶を取り戻してほしくないと考えている。だから彼らは、絶対にリノをビクトルに近づけなかった。  もうリノを庇うビクトルはいない。リノを呼びつけ、ここぞとばかりに暴言を吐き捨てる。 「このままあんたのことを忘れてた方がビクトル様は幸せなの! あんたみたいななんの取り柄もないデブが、あの人の傍にいるなんて烏滸がましいの! いい? もう絶対にビクトル様に近づかないで!」  同じようなセリフを、何度も言われた。  リノは言い返すこともなく、黙ってそれを聞いていた。暴力を振るわれるわけではなかったので、それを誰かに訴えることもしなかった。  別に彼らに言われたからではないが、リノはビクトルに近づかなかった。  どうすればいいのかわからなかった。  自分達の関係を、ビクトルはどう思うのか。  ただの幼馴染みではない。恋人のように抱き締めてキスをして、一線は越えていないが際どいことはしている。  それを、リノのことを忘れてしまっているビクトルが知ったらどう思うのだろうか。  ショックを受けるのではないか。  そもそも信じてもらえない可能性が高い。  記憶を失う前のビクトルはリノを可愛いと何度も言ったが、正直リノにはその感覚がさっぱりわからない。デブとか子ブタとか蔑まれる方がよっぽどしっくりくるのだ。  記憶をなくしたビクトルが、リノのことをどう思っているのかわからない。こんなちんちくりんの子ブタとキスしてたなんて教えたら、死にたくなるのではないか。  そう考えると、ビクトルにはなにも言わない方がいいのではないかと思えた。  余計なことを教えて、彼を混乱させたくはない。  でも、このままなにもしなければ、ビクトルが記憶を取り戻す可能性は低い。忘れたままでいいとは思えない。できることなら記憶を取り戻してほしいし、取り戻すための協力をしたい。リノにできることがあるなら、なんでもしてあげたい。  でも、二人の関係を包み隠さず話して大丈夫なのだろうか。  ビクトルのためにどうするべきなのかがわからず、リノは結局なにもできないままだった。  そんなある日。リノは学校の帰り道でビクトルの母親と出会った。 「あら、リノちゃん。こんにちは」 「こんにちは、おばさん」 「ねぇリノちゃん、お願いがあるんだけど」 「なんですか?」 「少しビクトルの話し相手になってあげてくれない?」 「それはもちろんいいですけど、なにかあったんですか?」 「記憶をなくしてから、普通に生活は送ってるけど、ちょっと塞ぎ込んでるみたいで……。リノちゃんと話せば、気も紛れると思うのよね」 「そうだったんですか……。わかりました、僕がお役に立てるかわかりませんがビクトルと話してみます」 「お願いね」  そんな会話を交わした翌日、リノはビクトルに会うため彼の家へ向かった。  塞ぎ込んでいるなんて、リノは知らなかった。当然だ。ビクトルに近づきもしなかったのだから。  ビクトルは今、記憶をなくして不安定な状態なのだ。もっと気にかけるべきだった。  家に着きドアを叩くと、ビクトルが出てくる。彼はリノの姿を見て僅かに驚いたようだった。 「あの、ビクトル、僕と少し話さない……?」 「いいけど」  あっさり承諾して、ビクトルは自分の部屋に招き入れてくれた。断られたらどうしようと思っていたので、リノはほっとした。  ビクトルはジュースとお菓子を出してくれた。ビクトルの母親の手作りで、リノの大好きなお菓子だった。 「わぁ、ありがとう!」  リノはキラキラと瞳を輝かせ、お菓子を手に取る。  一口食べ、甘みが口の中に広がり、リノは満面の笑みを浮かべた。 「すごく美味しいよ!」  止まらなくなり、むしゃむしゃと食べつづける。  けれど、ビクトルの視線に気づいて我に返った。彼は無表情でじっとこちらを凝視している。 「ご、ごめん……ばくばく食べて……」 「別に」  話をしに来たのに、それを忘れてお菓子に夢中になってしまった。きっとビクトルも食い意地の張ったヤツだと呆れたに違いない。  リノはしょんぼりと肩を落としながら、ビクトルに話を振った。 「ビクトル、なんか困ってることとかある?」 「困ってること?」 「記憶がなくて不便なこととか」 「それは別にない。ただ周りのヤツらが五月蝿くてウザい」 「そ、そっか……」  どうにかしてあげたいが、それはリノの力ではどうにもならないと思われる。寧ろリノが口を挟めば更に周りが騒ぎ出す恐れがあった。 「普通に生活するぶんには、特に問題はないんだよね?」 「まあ、そうだな」 「ビクトルはさ、忘れた記憶を思い出したい?」 「…………」  ビクトルはすぐには答えなかった。  それはつまり、忘れたままでいたいということではないか。  もしそうなら、本人が思い出したくないと言うのなら、リノはそれを否定できない。 「ビクトルが忘れたままでいたいなら……」 「いや、そういうわけでもないけど」  ビクトルのはっきりしない物言いに、リノは首を傾げた。  彼のこんな態度は珍しい。一部だが、記憶を失っているからだろうか。  ビクトルは僅かに悩むような仕種を見せ、それからリノを真っ直ぐに見据えた。 「俺とお前は、幼馴染みなんだよな?」 「え、う、うん……」  もしかして、なんで自分がこんなデブと馴染んでたのかわからない、とか思っているのだろうか。  緊張するリノに、ビクトルが言う。 「それだけか?」 「え……?」 「幼馴染みってだけなのか?」 「ど、どういう、こと……?」  内心の焦りを、リノは必死に押し殺す。  どうしてそんなことを訊いてくるのだろう。二人がキスとか色んなことをしている関係だと、バレたのだろうか。その場合、否定するべきなのか肯定するべきなのかわからない。隠した方がいいのか、正直に打ち明けるべきなのか。  頭の中でぐるぐると思考を巡らせる。  パニックになりかけるリノから視線を外し、ビクトルは立ち上がった。出入り口とは別のドアに近づく。  そこはビクトルが魔法で作った収納スペースだ。部屋に収まりきらないものをしまっているとビクトルは言っていたが、リノは中を見たことはない。中になにが入っているのかも知らない。  魔法で壁に取り付けられたドアを、ビクトルは開けた。  クローゼットほどの広さの空間に、ぎっしりと物が詰まっていた。 「それは……」 「アルバムだ」 「アルバム?」 「この中全部、お前の写真で埋まってた」 「え!?」 「いや、全部は確認してねーけど。五冊だけ見た。中の写真、全部にお前が写ってた。たぶんここのアルバム、お前の写真のコレクションだと思う」 「ええっ……」  リノは目を丸くした。  ビクトルに写真を撮られた記憶がないのだが、いつ撮ったものだろう。分厚いアルバムが百冊以上は収められている。  こんなに沢山、いつの間に。  ぽかんとするリノに、ビクトルは言う。 「俺、もしかしてお前のストーカーとかしてたのか?」 「え、してないよ!」  ぶるぶると首を横に振るが、ビクトルは疑わしげだ。 「でも、おかしいだろ。普通、ただの幼馴染みの写真、こんなに集めるか? さすがに異常だろ」 「そんなこと……」 「気持ち悪ぃ」 「っ……」  記憶のないビクトルにとって、これは気持ちの悪いものなのだ。大量のリノの写真は、不快なものなのだ。 「気持ち悪いんだ……」 「気持ち悪ぃだろ、俺」 「え、ビクトルが?」 「それ以外なにがあるんだよ。キモすぎて自分で自分に引く」 「そ、そんな……ビクトルは気持ち悪くなんかないよ!」 「はあ? この量のアルバム見て、気持ち悪ぃって思わねーのか?」 「びっくりはしたけど、そんな風に思わないよ」  リノは写真を撮られていたことすら知らなかった。けれど、嫌悪感はない。  ビクトルは信じられないようなものを見る目でリノを見た。 「お前、俺に洗脳とかされてたわけじゃないよな?」 「されてないよ、そんなこと!」  ビクトルの反応が普通なのかもしれないが、リノは気持ち悪いだなんて思わない。  だって、ずっと一緒にいたのだ。  無愛想で無表情で、出会った頃は無視されつづけた。だから、はじめて彼がリノに笑顔を見せてくれたときは本当に嬉しかった。一緒にいると楽しくて、名前を呼ばれるだけで胸が温かくなる。  デブでのろまなリノのことを、ビクトルは一度だって馬鹿にしたことはない。  なんの取り柄もないリノを、本気で好きだと言ってくれた。  愛しげに目を細め、他の誰にも見せない優しい笑顔で好きだと言ってくれた。  何度も、気持ちを伝えてくれた。  それなのに、リノはなにも返せなかった。  なにも言えなかった。  どうして好きだと言わなかったのだろう。  自分の気持ちがわからないなんてぐだぐだ悩んで、結局リノは一度もビクトルに好きだと言えなかった。  今になって、そのことを心の底から後悔した。  リノはビクトルが好きだ。  好きだから一緒にいたいと思うし、好きだからこれからもずっとずっと一緒にいたいと願った。  好きだから一緒にいると楽しくて、ビクトルが好きだから笑ってくれると嬉しかった。  ビクトルが傍にいることが当たり前で、それが幸せだった。ビクトルのことが好きだからだ。  リノははっきりと自分の気持ちを自覚する。  それなのに、今ここに、リノのことを好きだと言ってくれたビクトルはいない。  今更気づいても遅いのだ。  もしこのまま、ビクトルの記憶が戻らなかったら。  リノの気持ちを、ビクトルは知らない。リノのことを好きだと言ってくれたビクトルには、もう二度と会えないかもしれない。  こんな自分に、あんなに何度も好きだと言ってくれたのに。  どうして自分は好きだと言わなかったのだろう。  一度でもいいから、好きだと言えばよかった。  気づくのが遅すぎる。  ビクトルの記憶が戻らなければ、彼は、リノを好きだと言ってくれた彼は、リノの気持ちを知ることがないまま、消えてしまうのだろうか。  そんなのは嫌だ。  リノの気持ちを伝えたい。好きだと言いたい。  零れそうになる涙をごしごしと拭う。そしてビクトルへ顔を向けた。 「どうした? やっぱり俺に変なことされてたのか? 思い出して辛くなったのか?」 「違うよ。あのね、僕、ビクトルに記憶を取り戻してほしい」  こちらを見下ろすビクトルを、リノは真っ直ぐに見つめ返す。 「絶対に僕のこと、思い出してほしい」 「…………」 「ビクトルは、このままでいたいって思ってる? 忘れたままの方がいい?」 「思い出せるなら、思い出したいとは思う。ごっそり記憶が抜けてるのはわかるし、生活するのに支障はないけど、なんかもやもやするんだよ」  ビクトルに忘れたままでいたいと言われなかったことにリノは安堵した。リノがどれだけ思い出してほしいと望んでも、本人が望んでいなければ意味がない。 「僕、ビクトルが思い出せるように協力するね。僕にできることならなんでもするよ」 「…………あんまり軽々しくそういうこと言うなよ」 「ごめん。僕にできることなんて大してないけど、でも頑張るから」 「そういう意味じゃねーよ」 「え……?」 「なんでもない」  溜め息を一つ零し、ビクトルは腕を組む。 「つっても、思い出そうとして思い出せるもんじゃないからな」 「そうだよね……」  記憶を戻す明確な方法などないのだ。 「俺とお前でよくしてたこととかあるか?」 「よくしてたこと……」 「俺が忘れたのって殆どお前のことだけだろ。お前のことさえ思い出せればいいんだよな。記憶をなくす前にお前とよくしてたことをしてみれば、それがきっかけでなにか思い出すかもしれない」  そう言われて、リノはビクトルと過ごした日々を振り返る。 「よくお互いの家に行って、部屋で話をしてたよ。ビクトルに勉強を教わったり……」 「あとは?」 「あ、あとは……」  リノは真っ赤になって口籠る。 「あとは?」 「その……大したことは……」 「隠すなよ。そんな反応されたら余計に気になるだろ」 「で、でも……」 「なにがきっかけで記憶が戻るかわからないんだ。ちゃんと教えろよ。協力するんだろ」 「う、うん……」  ビクトルが記憶を取り戻してくれるのなら、リノは協力を惜しまない。そう思っていても、これを伝えるのは躊躇ってしまう。  本当に言ってもいいのか迷い、かといって言わなければビクトルは納得しない。  覚悟を決め、リノは口を開いた。 「あの……む、胸を……」 「胸?」 「ビクトルは、ぼ、僕の胸を……よく、触ってたよ……」 「は……?」  柔らかくて気持ちいいと言って、ビクトルはよくリノの胸を揉んでいた。揉むだけでなく口に含んで吸ったりもしてたが、恥ずかしくてそこまで言えなかった。  それを聞いて、ビクトルは完全に引いていた。 「ご、ごめんね、気持ち悪いこと言って……」 「いやだから、気持ち悪いのは俺だろ。俺、お前にそんなことしてたのか? そんなセクハラじみたこと……」 「ち、違うよ? 無理やりとかじゃないよ? 僕がいいよって言ったから……」 「お前、嫌って言えなかっただけなんじゃないのか?」 「そうじゃないよ、ほんとに、嫌じゃなかった。ビクトルは僕が嫌がることはしないから」  疑わしげなビクトルに、リノは正直に伝える。 「俺、しょっちゅうそんなことしてたのか?」 「えっと、うん、結構、してたかな……?」 「じゃあ、触るからベッド座って」 「え、触るの!?」 「日常的にしてたことをすれば思い出すかもしれないって、そのためになにしてたか訊いたんだろ」  その通りだ。それなのになにも考えずにとんでもないことを言ってしまった。 「僕の胸、触るの嫌じゃないの?」 「別に」  今のビクトルはリノのことを好きではない。記憶をなくしたビクトルにとってリノはほぼ初対面の相手なのだ。それなのに、その男の胸を触るなんて嫌なのではないか。  彼をじっと見つめるが、特に嫌がっている様子はなかった。もともとビクトルはあまり感情を表に出さないので、本当のところはわからないが。 「無理してない?」 「嫌だったら最初からしない。お前は嫌なのか?」  リノは首を横に振った。  ビクトルが嫌ではないのなら、リノは触られても構わない。恥ずかしいけれど、嫌なわけではないので耐えられる。  ベッドに腰を掛けるビクトルの脚の間に、彼に背を向ける体勢でそっと座った。 「じゃあ、触るぞ」 「う、う、うん……」  背後から回されたビクトルの両手が、肉付きのいい胸に触れる。やんわりと、感触を確かめるように指が食い込んだ。  ビクトルの大きな掌が、リノの胸を包んでいる。  布越しにじんわりと彼の熱が伝わり、リノの体温が上がった。   「ふぅ……ん……っ」  少し触られただけなのに吐息のような声が漏れ、リノは唇を噛む。  じっくりと胸を揉み込むビクトルの指がまだ柔らかい乳首を掠め、びくっと肩が跳ねた。すると狙ったように胸を揉みながら乳首を押し込まれる。  毎日のようにビクトルに弄られつづけた乳首はすっかり敏感になり、リノは少しの刺激でも反応してしまうようになっていた。 「あっ、ビクトル、そこは、あんまり触っちゃ……」 「そこって?」 「はっ、ん……その……」 「ここ?」 「あうっ」  両方の乳首を摘ままれ、思わず声を上げてしまう。 「んっ、そこ、そこ、だめっ」 「なんで?」 「だって……」  そこを弄られると声が我慢できない。男のくせに変な声を上げて、ビクトルに気持ち悪いと思われてしまう。 「今まで、ここは弄らなかったのか?」 「違う、けど……」 「じゃあいいだろ」 「ひぁんっ」  指に挟まれ、コリコリと先端を捻られる。柔らかかったそこは硬く尖り、服の上からでもわかるほど膨らんでいた。  つんと突き出した乳首の先を、爪でカリカリと優しく引っ掻かれる。 「ひんっ、あっ、だめ、それだめっ、あぁんっ」  びくんびくんと体が跳ね、嬌声が止められなくなる。  触り方が、記憶をなくす前のビクトルと同じだった。ビクトルの触り方だ。  ぐりぐりと押し潰したあとで、きゅっと引っ張り指の腹で先端を撫でる。焦らすように乳輪だけを摩り、我慢できなくなったリノが胸を突き出せば、今度は執拗に乳首を捏ねくり回される。  布越しの刺激がもどかしい。 「あんっ、だめ、もうだめ、あっ、あぅっ」  だめと言っても、ビクトルはやめてくれない。  リノは半泣きになりながらもうやめてと訴えた。 「なんで? 俺に触られるの嫌か?」 「やじゃない、あんっ、ビクトルに触られるの嫌じゃない、あ、ひんっ」 「ならもう少し。このまま弄ってたら記憶が戻るかもしれないし」 「あっ、あっ、あんっ」  その後ビクトルが満足するまで散々揉まれたけれど、結局記憶は戻らなかった。  翌日。  ビクトルに自分のことを思い出してほしいのでできるだけ彼と一緒にいたいのだが、やはり学校では近づくことさえ難しかった。声をかけようとしても徹底的に邪魔をされるのだ。  校内でビクトルに接触するのは諦め、リノは放課後図書室に向かった。  色々と記憶に関する専門書や魔法書を読んだが、記憶を取り戻す方法は見つからない。当然だろう。そんな方法があるのなら、最初から病院で治療を受けている。  協力したい気持ちはあっても、リノにできることなどほぼなにもない。  自分の無力さに落ち込んだ。  それでもビクトルに思い出してほしいのなら、リノが努力しなければならない。  リノはビクトルに自分の気持ちを伝えたい。好きだと言ってくれた彼に、好きだと応えたい。  だから、ほんの些細なことでも行動しようと思った。  手始めに、リノとビクトルの出会ってからの思い出を話してみようと考えた。二人が今までどんなことをしてきたのか話して聞かせれば、思い出すきっかけになるかもしれない。  リノは早速紙とペンを出して書き出した。二人で過ごした時間は長い。思い出が多すぎるので、じっくりと思い出しながら簡単に紙に書いていく。  二人の出会い。徐々に仲良くなり、一緒に遊ぶようになった。  池に転げ落ちたリノを、ビクトルが助けれくれた。  アイスを落として号泣するリノをビクトルが慰め、アイスを半分分けてくれた。  肝試しにボロボロの寂れた空き家に入り、真っ昼間だというのに怖くなって泣き叫ぶリノをビクトルが宥めて連れ出してくれた。  思い出していくうちに、自分の情けなさに落ち込んだ。自分で言うのもなんだが酷すぎる。  でも、そんなしょうもない自分をビクトルは好きになってくれた。  結婚したいと言ってくれた。  ずっと一緒にいたいと望んでくれた。  その気持ちに応えたい。今ならば言えるのだ。胸を張ってビクトルが好きだと伝えられる。  沸き上がる後悔を押し殺す。後悔しても、どうにもならない。時間は戻らない。  だから、なんとしてもビクトルの記憶を取り戻したい。  改めてそう強く思い、リノは自分にできることをするべくペンを走らせた。  気づけば図書室にいるのはリノ一人だけになっていた。つづきは家でしようと、片付けをして図書室を出た。  すると、ばったりビクトルと遭遇した。彼は一人で、周囲には誰もいない。記憶をなくしてからは常に人が周りに張り付いていたので、一人でいるのは珍しかった。だからリノも声をかけられた。 「ビクトル、まだ学校にいたんだね」 「ああ。教室に籠って魔法の研究してた」 「一人で?」 「集中できないから、誰も近づかせなかったんだ。つーか、お前もまだ残ってたんだな」 「うん、調べものとかしてて」  そのまま、自然と一緒に帰る流れになった。廊下にはもう誰もいないので、邪魔されることはなかった。 「新しい魔法の組み立て?」 「ああ。少し複雑で、なかなかうまくいかないんだ」  他愛ない言葉を交わしながら、並んで帰り道を歩く。  リノのことを忘れてしまったビクトルと、こうして普通に話せることが嬉しかった。

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