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第3話
二度と魔法少女にはならない。
その誓いは約一ヶ月後にあっさりと破られることとなる。
魔法少女に変身した悠太は、人気のない道を駆けていた。
別に好きで変身したわけではない。もしまた妹に頼まれても、断るつもりでいたのだ。可愛い妹の頼みだとしても、さすがにもうあんな目には遇いたくない。
だがしかし、だ。熱を出して寝込んでいる妹に、街の平和のために戦ってこいなどと言えない。そんな外道のような真似はできない。
しかも熱を出した理由が、魔法少女の仕事が忙しくて蓄積した疲労によるものなのだ。悠太が佳奈子に代わり魔法少女に変身した約一ヶ月前から、ほぼ毎日のように魔物が出現している。今までは週に一、二回の頻度だったのに、一日に数回出現することもあった。
文句を言いつつも佳奈子は魔物が現れるたびに、金のため、街の平和のために戦いつづけた。そして無理をしたせいで体調を崩してしまったのだ。
悠太はそんな彼女に代わって、再び魔法少女に変身した。
二度目とはいえ、込み上げる羞恥心は薄れることはない。今回もサングラスで目元を隠しながら、できるだけ人のいない道を選んで現場へ向かった。
魔物の出現場所は寂れた公園だった。人気がないことに安堵しつつ、ステッキを構える。
三体の魔物に向かってくそ恥ずかしい呪文を唱えて魔法を放つ。魔物はあっさりと消滅した。
無事に魔法少女としての仕事を終え、悠太はさっさと変身を解こうとした。
「やっと現れたな」
背後から聞こえた声に、ギクリと体を強ばらせる。
逃げようとして、でも伸びてきた腕に抱き締められ、逃げられない。
魔法を使おうと、ステッキを持っている手に力を入れる。
「ユータ……」
「っ……」
顔は見えないけれど、切なげに名前を呼ばれ、胸が締め付けられる。
動きが止まり、その隙に体をマントで包まれた。
「わっ……!?」
いきなり視界を奪われ、驚きに声を上げる。
すぐにマントは開かれた。そして目の前の景色が変わっていることに更に驚いた。
悠太は外にいた。公園の中にいたのだ。
けれど今悠太が立っている場所は、どう見ても高級マンションの一室だった。
広いリビングを、ぽかんと見回す。
「え、どこ、ここ……?」
「私の家だ」
「へ……!?」
魔王がさらりと答え、悠太は目を丸くする。
まさかここは魔界なのかとぎょっとしたが、窓から見える風景は間違いなく人間界のものだ。
「魔王の家……? ここが? なんで?」
「今、そんなことはどうでもいい」
振り返り、悠太は再会してはじめて魔王の顔を見た。
ゾッとするほど冷たい双眸がこちらを見下ろしていた。
嫌な予感に、半歩後ずさる。
逃がすまいと、魔王は悠太をひょいっと小脇に抱えた。体が揺れ、その衝撃でかけていたサングラスが外れた。
「ぅわっ!?」
突然のことにびっくりして、ステッキを手放してしまう。反射的に伸ばした手が宙を掻いた。カランと音を立ててステッキが床に落ちた。
魔王は悠太を抱えたまま室内を移動する。じたばたと暴れるが、魔王の腕は離れない。
魔王は部屋の中に入り、ずんずんと大股で奥へ進む。ピタリと足を止め、悠太の体を放った。
「わっ……!!」
落とされたのはベッドの上だった。やたらと大きく弾力性に優れたベッドは、痛みを与えず悠太の体を受け止めた。
「な、な、なにを……」
狼狽する悠太の上に、マントを脱ぎ捨てた魔王が覆い被さってくる。
鋭い瞳に射ぬかれ、悠太は息を呑んだ。
「お、俺を、どうするつもりだ……っ」
「くくっ……さて、どうしてやろうか」
冷笑を浮かべた魔王が、悠太の首に触れる。
「私の気持ちを弄んだのだ、覚悟はできているだろうな?」
「も、弄んでねーよ!」
どちらかと言うと悠太は弄ばれる側のタイプで、誰かを弄べるような器量の持ち主ではない。
「弄んだだろう! あれだけ激しく愛し合い、私を虜にしておいて、最後には私に攻撃し姿を消したではないか!」
「それはその……だって……えっと、そういえば、大丈夫だったのか?」
雑魚の魔物は魔法攻撃を一発食らっただけで消滅してしまう。けれど至近距離で受けたにも関わらず、魔王はピンピンして見えた。
「ふん、あの程度、痛くも痒くもない」
「そ、そっか……」
気になっていたので、悠太はほっと胸を撫で下ろす。
魔王はぎろりと悠太を睨んだ。
「そうやって私を心配する振りをして、私を喜ばせ、また弄ぶ気か? 油断させ、気を抜いたところで攻撃し、また私の前から姿を消すのだろう?」
「ち、ち、違うって! 弄んでなんかないし!」
なんだか自分がものすごいグズ男のように思えてくる。そんなつもりはないし、そもそも魔王であるこの男に被害者面する権利はない。寧ろ被害者は悠太だ。
「黙れ! 貴様の言うことなど信じない!」
ビリビリと魔王の怒りが伝わってくる。
もしかして殺されるのだろうか。ステッキがなければ魔法は使えない。魔法少女に変身していても、魔法が使えなければただの一般人と変わらない。このフリフリのピンクのコスチュームにそれなりの防御力は備わっているらしいが。
悠太は弄んだつもりなどないが、魔王はそう思い込んでいる。魔王が悠太を思う気持ちは恐らく本物で、悠太の行動は彼を酷く傷つけたのだろう。
憤りと悲しみの滲む瞳に見下ろされ、胸が痛んだ。
「ユータ」
名前を呼ばれると、心臓がきゅうっとなる。
殺されるかもしれないというのに、なんの抵抗もできなかった。
動けずにいると、魔王の顔が近づき、ぶつかるように唇を重ねられた。
「んん……!?」
唇が触れ合うその感触だけで、体の熱が一気に上がった。
魔王との淫らなキスを思い出し、下半身が疼いた。誘うように、悠太は自ら口を開いてしまう。あの、貪るようなキスを無意識に求めていた。
差し込まれた長い舌が、口内を舐め回す。ぴったりと唇を合わせた状態でどろどろと唾液を流し込まれ、零すことを許されず、悠太は懸命に飲み干した。
喉の奥まで舌で舐められ、涙が滲む。差し出した舌に歯を立てられ、痛いくらいに吸い上げられても悠太はされるがままだった。
角度を変えて何度も唇を重ね、まともに息も吸えず、ふうふうと苦しげな呼吸を繰り返す。
離れる頃には、唇がじんじんと熱を持っていた。
瞳が潤み、蕩けた表情を浮かべる悠太を見て、魔王は顔を歪める。
「そんな顔をして……また私を誘惑するのか?」
「違……」
「それなら何故こんな格好をしているのだ。どうして、こんな男を誘うような短いスカートで私の前に現れる」
「こ、これは、だから、別に誘うとかじゃなくて、衣装だから……」
「このような姿で外を歩き回り、私だけでなく、他の男も誑し込んでいるのか?」
「そんなわけないだろ!」
悠太のこの姿に誘惑される人間など一人もいない。誘惑したいとも、できるとも思っていない。しかし感覚がずれている魔王には悠太の言い分は通じない。
「だったら確かめてやる……体の隅から隅までな」
「わっ、ちょ、うわ……!?」
乱暴に衣服を脱がされる。長手袋からソックスまで、全てを毟り取られた。
隠すものがなくなり、浅ましく勃起したそれが丸見えになった。
魔王は唇の端を吊り上げる。
「キスだけでもうこれか? 感じやすく、淫乱な体だ。この淫らな体で、男を誘惑しているのだろう?」
「ひぃんっ……して、ない……っ」
つう……っと指でなぞられ、びくびくと腰が震えた。早くも先走りが滲み出る。
触ってほしくて、腰を突き出してしまいそうだ。
「ここも、男を欲しがってひくひくしているぞ」
「あんっ」
アナルを撫でられ、それだけで甘い声を上げてしまう。
魔王がぐっと眉を顰めた。
「撫でただけで、迎え入れるように口を開けて……」
「ひあぁっ」
ずぷっと指が差し込まれる。
「こんなにも、柔らかく解れている……。やはりな……散々男を咥え込んでいるのだろう?」
「ち、違……っ」
「違うものか!」
「ひにゃああぁっ」
指が引き抜かれ、猛った肉杭を一気に捩じ込まれた。
直腸を奥まで擦り上げられる快感に、悠太は目を見開いて背を弓なりに反らせる。
「あっ、ひ、あぁっ……」
「傷つきもせず、私のものを飲み込んでいる……」
「ああぅっ、あっ、んんっ」
「引き抜こうとすれば……くっ……いやらしく、絡みついて」
「ひあっ、あっ、ふぁっ」
「はじめてを、私に捧げて……あれから何人もの男に抱かれたのだろう!?」
「してにゃ……してないぃ……っ」
「嘘をつくな。でなければ、私のものを入れただけで射精などするものか」
「ふぇ……あっ……」
見ると、悠太の下腹は自身の放った体液で汚れていた。気づかなかったが、腸壁を擦られる快感で射精していたようだ。
しゅるりと触手が伸びてきて、悠太のペニスに絡みつく。きゅっと根本を締め付けた。
魔王は悠太の脚を抱え、抽挿を開始する。
「どんな風に抱かれたのだ?」
「ひ……てない、して、な、あっ、あぁっ」
「ここは触らせたのか?」
「あぁんっ」
触手に二つの乳首を摘ままれ、びくりと体が跳ねた。
「どんな触り方をされた? 引っ張られたのか? それともぐりぐりと押し潰されたのか?」
「あひっ、あっ、あっ」
「舐めさせたか? 舐められるのが好きなのだろう? 私が舐めてやったら、気持ちよさそうに鳴いていたからな」
「してな、ってぇ……ひぅっ」
胎内を突き上げられながら乳首を愛撫され、快楽に身悶える。ペニスは再び勃ち上がり蜜を漏らしていたが、射精は触手に阻まれていた。
「キスもしたのか? 私以外の男にその愛らしい唇を許したのか?」
「んんっ……」
伸びてきた触手が、ぷにぷにと唇をつつく。そうされると、口が勝手に開いてしまう。
差し込まれた触手が舌の表面を擦る。悠太は口の端から唾液を零し、口内を嬲られる快感にぞくぞくと震えた。
「そうやってはしたなく口を開けて誘い、私以外の男にもその唇を貪らせたのか?」
「ひあっ、あっ、ひて、な……」
「もちろん、ペニスも触らせたのだろうな」
「んああっ、あっ、はぁんっ」
根本を戒めた状態で先端をくりくりと撫でられ、熱を吐き出せない苦痛に涙が滲む。
苦しむ悠太を、魔王は嗜虐的な瞳で見下ろしていた。
「まだ私が触れていないこの中まで、他の男に許したのか?」
「ひいっ」
にゅるりと、細められた触手が尿道に侵入してくる。
まさかそんなところを攻められるとは思わず、悠太は愕然とした。
「ひやっ、やら、そこ、やめ……っ」
かぶりを振って拒絶を示すが、触手は更に奥へと進んでいく。粘液を注入されているので痛みもなく、ぬるぬると尿道に異物が入っていく様を見開いた目で見つめる。
「やあっ、怖い、そこ怖い、やだぁっ」
思わず両手で魔王の腕にしがみつく。
怯えて涙を流せば、魔王はうっとりと微笑んだ。
「ここは、他の男に弄らせなかったのか? 私がはじめてか?」
「ひあっ、あっ、なに、んああっ」
触手が奥まで到達する。尿道から前立腺を刺激され、痺れるような快感が走り抜けた。とんとんと優しく突かれ、それだけで悠太は嬌声を上げて身をくねらせた。
「らめ、いくっ、いくっ、ひあっ、あ──っ!」
悠太は腰を突き上げ、絶頂を迎えた。塞がれているので精液は出せない。
ぎゅううっと肉筒が締まり、埋め込まれた雄蕊を搾り上げた。魔王は呻き声を上げる。
「ぐっ……はあっ……ユータ、ここが気に入ったか? ほら、何度でも弄ってやる」
「っ〰️〰️〰️〰️!」
触手を動かされ、また絶頂を迎える。そしてそのまま触手を動かされつづけ、絶頂から抜け出せなくなった。
魔王は緩く腰を動かし、後ろからも刺激され、悠太は気が狂いそうなほどの快楽に捕らわれる。
ぐちゃぐちゃの顔で、悠太は魔王に縋りついた。
「やああっ、らめ、もうやらっ、おかしくなるぅっ」
「おかしくなればいい。二度と私から離れられないようにしてやる。逃げる気も起きなくなるよう、このまま狂えばいい」
「ひっ、やっ、怖い、許して、あぁっ、お願い、許してっ」
「だめだ。離せば、貴様はすぐに他の男を咥え込むからな」
「してない、ひぅっ、してないから、許して、あっ、んんっ」
「何人の男にこの体を触らせたのだ? 何人の男のものを、ここに咥えた?」
「っ……てない、誰にも、ほんとに、ひっ」
「相手は誰だ? 殺してやる」
「うっ、うう〰️〰️っ」
「答えろ、ユータ」
「……で、……た、から……っ」
「はっきり言え」
「んにゃああっ」
前立腺を強く押され、極限まで追い込まれた悠太は涙ながらに白状した。
「自分でした……っ」
「は……?」
ぽかんとする魔王に、顔を真っ赤に染めて恥ずかしい告白をする。
「あれから、ずっと、自分で、弄ってたんだよっ」
「自分で? ユータが?」
「お、お、お前が悪いんだろ! 俺にあ、あ、あんなことするから! ずっと、変なんだよ、後ろ、むずむずしてっ」
我慢できず、自分の指で尻の穴を弄った。最初は指を一本入れるだけだったが物足りず、最終的には三本まで挿入した。それでも体の疼きは治まらず、けれどそれ以上どうしようもなくて、悶々とした日々を送っていた。
魔王は呆然と悠太を見下ろす。
「本当か? ずっと、自分で慰めていたのか?」
「そうだよっ……も、いいだろ……っ」
「他の誰にも触らせてないんだな? ユータには私だけなんだな?」
「そうだって、言ってる……っ、いいから、もお、頼むから、ちんちんの、抜いてっ」
「ユータ!」
魔王にぎゅうぎゅうに抱き締められる。
めちゃくちゃにキスされ、尿道に挿入された触手がずるずると引き抜かれていく。
「んんんぅっ」
口づけ、悠太をきつく抱き締めたまま、魔王は腰を振り立てる。
ちゅぽっと、尿道から触手が抜けた。とぷとぷっと、精液が溢れる。
射精の快感に浸る余裕もなく、がくがくと体を揺さぶられつづけた。
「ユータ、ユータ……っ」
キスの合間に何度も名前を呼ばれた。
胸が締め付けられて、悠太は必死に魔王にしがみつく。
腰を打ち付けるスピードがどんどん速くなる。肉壁を掻き混ぜられ、前立腺を擦られ、奥を穿たれ、悠太はあられもない声を上げながらただ翻弄された。
「好きだ、ユータっ」
「ふあっ、ん、んん──っ」
奥まで突き入れられた肉棒から、びゅくびゅくと精液が吐き出される。
熱い体液を流し込まれる感覚に、悠太も絶頂に身を震わせた。
ぐったりとベッドに沈み、息を整える悠太の中から、ゆっくりと陰茎が引き抜かれた。
顔も体もベトベトに汚れた悠太の頬を、魔王は慈しむように撫でる。
「ユータ……ずっと、私の傍にいろ」
「…………やだ」
「なん、だと……!?」
魔王はものすごい形相で悠太を睨み付ける。
「貴様、やはり私を弄んだのか!? 誑かし、私の純情を踏みにじるのだな!」
「違うから!」
「なにが違うのだ!」
「だってお前魔王じゃん! 人間の敵だろ! 街の平和をおびやかすような奴とは一緒にいれないから!」
「私がいつ、街の平和をおびやかしたというのだ!」
「おびやかしてるだろ! 魔物を引き連れて人間を襲ったりしてるじゃん!」
「私は人間を襲ったことなどない!」
「…………え?」
悠太はまじまじと魔王を見つめる。苦し紛れの嘘を言っているようには見えない。
まさかと思いつつ、今までの記憶を辿る。思えば、魔王が直接人間を襲っているところを見たことがなかった。人間を襲うのは、いつも雑魚の魔物だけだ。
「で、でも、魔物に人間を襲わせてるだろ!」
「あれは私の指示ではない。あいつらが勝手にしていることだ」
「勝手に……?」
「あいつらは人間の悪意が好物だからな。それを求めて人間に近づく」
「…………んん?」
一体どういうことなのだろう。
「えーっと……魔王の目的って、人間界を支配する、とかじゃないの?」
「そんなつもりはない」
きっぱり否定され、悠太はただただ驚いた。
「えっ? じゃあ、なんのために人間界に来てるの?」
「仕事のだめだ」
「し、仕事……?」
「私はこの街で職に就いている」
「はあ? 魔王が? 魔王なのに?」
「魔王とは存外に退屈なのだ。だから退屈しのぎに人間界で働いている」
「それって真っ当な仕事なのか?」
「当然だ。そのために人間としての戸籍も用意した。この部屋も、きちんと働いた金で得たものだ」
胸を張って言われ、悠太は暫し呆然とする。
「えー、でも、じゃあ、なんで魔物を連れてくるんだ?」
「連れてきているわけではない。勝手に着いてくるのだ。魔界と人間界を行き来できるのは私だけだからな。勝手に着いてきて、人間界で好き勝手に行動している。人間を襲うが別に殺すわけではないからな。好きにさせている」
「…………」
確かに、魔物に殺された人間はいない。怪我人はいるが、いずれも軽傷で済んでいる。かといって許されることではない。それを止めないのは、彼が魔王だからだろう。人間のような良心は持ち合わせていないのだ。魔王自身が人間を襲うことはないが、助けることもない。
「……じゃあ、あのときはどういうつもりだったんだよ?」
「あのとき?」
「俺を触手で拘束しただろ。あのとき、あの場所に魔物が現れたのは、偶然じゃないよな? 待ち伏せして、誘き寄せたんだろ?」
約一ヶ月前、妹に代わって魔法少女に変身し、悠太は魔物を倒しにそこへ向かった。人気のない倉庫。魔物が人間の悪意が目的で人間界に着いてくるのなら、人のいないあんな場所にいるのはおかしい。あれは魔法少女を捕らえる罠だったのだ。
「殺すつもりだったのか?」
「違う。少し痛い目に遭わせてやろうと思っていただけだ。魔法少女には魔物を随分消されているのだ。魔王として、見過ごしつづけるわけにもいかないからな。一応軽く脅しておこうと思ったのだ。……だが、現れたのはいつもの小娘ではなく、ユータだった」
魔王の熱っぽい視線が注がれる。
「貴様の愛らしさに、私は一目で恋に落ちた。ユータに誘惑されるまま、私は全てを捧げたのだ」
「誘惑なんかしてないっての」
捧げられた覚えもない。寧ろ悠太が奪われたのだ。大体、恋に落ちるなら美少女の佳奈子ではないのか。どう考えても美的センスがおかしいとしか思えない。人の好みは人それぞれだけれども。
魔王は苦しげに眉を寄せた。
「しかし、ユータは私の心を奪い、弄び、私の前から姿を消した」
「だから違うって」
弄んだ覚えはない。人聞きの悪いことを言わないでほしい。触手で拘束して抵抗できない悠太に色々したのは魔王の方だ。自分のしたことを棚に上げてなにを言うのだろう。
「私はユータを追い求め、毎日捜しつづけた」
「つまり、あれから毎日のように魔物が街に現れたのって、俺を捜してたから?」
「そうだ。魔物で誘き寄せれば、またユータが私の前に姿を見せると思ったからだ。捕まえて、今度こそ二度と逃がさないよう、ずっと捜していた」
佳奈子の過労は悠太のせいでもあったのだ。
悠太は心の中で妹に謝った。
「言っとくけど、閉じ込められるのとか絶対嫌だからな。ちゃんと家に帰せよ」
魔王はこのままここに悠太を監禁するつもりなのかもしれない。なので先に断っておく。
「ふん、帰すわけがないだろう。貴様の意思など関係ない。貴様はこれからずっと、私に可愛がられつづけるのだ。私だけを見ろ。貴様が目に写すのは私だけでいい」
「そんなの無理に決まってるだろ。俺の意思無視して監禁とかしたら、絶対お前のことなんて好きにはならないからな」
「……む」
「もう口もきかないし、目も合わせない。大っ嫌いになってやる」
「……ぐ」
大っ嫌いの一言に、魔王は胸を押さえて蹲る。
自分でも子供かと突っ込みたくなるような脅しだが、ステッキが手元にない以上、力では魔王に敵わない。他に監禁を回避する方法が思いつかなかったのだ。
「っく……わかった。監禁はしない……」
苦渋の決断といった様子で、魔王は絞り出すように言った。
こんな脅しに簡単に屈するとは。それだけ悠太のことを本気で想っているのかと考えるとむず痒いような、なんとも言えない気持ちになる。
「それから、人間界に来るときはもう魔物に着いてこさせるな。追い払ってから来い。もし着いてきたら、ちゃんと管理して人間を襲わせるな。人間に危害を加えないって約束しろ」
「そんなことなら簡単だ。魔物は私の命令には絶対服従だからな。そして私が人間を襲うことはない。襲う理由がないからな」
「魔物は人間の悪意が好物なんだろ? 魔王は違うのか?」
「悪意に惹かれるのは力の弱い魔物だけだ」
「じゃあ、約束してくれるか?」
「ああ、人間に危害は加えない。約束する」
「……それなら、その……監禁とかは絶対嫌だけど、お前と、普通に恋人として付き合うなら……それでいいなら、付き合ってもいい……」
魔王とはいえこんな美形相手に、付き合っていいなんて上から目線でお前は何様なんだと自分に言いたい。そんな気持ちを抱えつつ伝えれば、魔王はがっと悠太の肩を掴んだ。
「本当か!? 私のものになるのだな!?」
「ものじゃなくて、恋人だって!」
どうして人の話を聞かないのだ。魔王だからか。
正直、恋愛的な意味で魔王のことをどう思っているのかと聞かれれば、好きだとは言えない。ただ心がぐらついているのは確かで、きっぱり拒絶できない時点でかなり絆されてしまっているのだろう。
悠太の言葉一つで喜んだり落ち込んだりする姿を見ると、嬉しいと思ってしまうのだ。全然話が通じないし、強姦紛いのことをされたというのに憎めない。嫌いになれない。伸ばされた手を拒めない。
「ユータは私の恋人か……」
嬉しそうに呟く魔王を可愛いと思える自分は、既に重症なのかもしれない。
「当然だが、浮気は許さないからな。もしそのようなことがあれば、相手の男を殺してユータを監禁するからな。私以外の男には指一本触れさせるな」
「無茶言うなよ……。そもそも俺にあれこれしたがる男なんていないから。っていうかなんで浮気相手が男って断定されてるんだよ。それに、言っておくけど、浮気するならお前の方が可能性高いからな」
「私が浮気などするわけないだろう。私が心を奪われたのはユータだけだ。触れたいと思うのもユータだけだ。永遠に腕に閉じ込めて抱きつづけて孕ませたいと思うのもユータだけだ」
「うぐっ……」
赤くなればいいのか青くなればいいのか判断のつかないことを言われ、悠太は口ごもる。
「は、孕まないからな……男なんだから」
「それでもいい。ユータがいてくれるなら」
「ううっ……」
赤面する悠太を、魔王は優しく抱き締めキスを落とす。
それから、街に魔物が現れることはなくなった。
こうして街の平和は守られたのだった。
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