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第3話

2.  結果を言うと、俺は静也に放課後会えなかった。  3組のホームルームが2組よりも早く終わってしまったのだ。俺のクラスのホームルームが終わってすぐに隣の教室へ行くと、すでに生徒はまばらにしか残っていなかった。その中に静也の姿は見当たらない。 「悪い、岡本静也まだいる?」 「……岡本?」  入り口の近くに座っていた生徒に念のために尋ねると、俺の顔を見て、ぽかんとした表情になる。 「あいつじゃねえの? ほら、外部から入ってきたヤツ」  隣に座っていた生徒が気が付いたようで、会話に加わってくる。 「ああ、あいつか」  90%の生徒が中学からの持ち上がりだ。外部からの生徒は別の意味で目立つ。 「岡本だったら、ホームルーム終わってすぐ、さっさと帰っちゃったみたいだけど」 「そうか……ありがとう」  俺は静也と話せなくて、心底ガッカリした。一言言ってやらないと気が済まない、と張り切っていただけに余計だ。 「おい、要」  振り返ると、青山と白井が立っていた。 「帰りにバーガー食って帰らない?」 「いいねえ。俺、限定のシェイク飲みたいんだよね」 「白井には聞いてねえよ。要に聞いてるんだってば」 「青山さ、要に甘いよな。何? 何か弱味でも握られてんの?」 「馬鹿言うなよ」  俺は二人の会話をしばらくの間黙って聞いた後「俺、帰るわ」と言った。 「うっそ! まじで? 腹減ってないの?」 「ごめん、今日家の用事あるの忘れてたんだ。また今度」 「あ、おい、要!」  引き止める青山を振り切って、俺はその場を離れた。  とてもじゃないけど、静也のことが気になって、バーガーなんてのんびり食べられそうな気分じゃなかったからだ。  俺は急いで昇降口に向う。もしかしたら、静也に追いつけるかも、と思ったのだ。だが、そこに静也の姿はなかった。 ――当たり前か。  上履きを脱いで、スニーカーに履き替える。校舎を出て、校門まで続く桜並木をのんびり歩きながら、子供時代を思い出していた。  いつも俺の後ろを子分みたいにちょこちょことついて回っていた静也。同い年だったけど、俺はあいつをどこか弟みたいに思ってた。 ――あいつ、今も同じ家に住んでるのかな?  校門を出てから、ふと思い付く。もし違ってたとしても、どうせ俺の家の近所なんだから、ちょっとばかり遠回りしても全然構わない。今も同じ家に住んでるかどうかは、表札を見ればすぐに分かるだろう。  学校から俺の家までは徒歩で15分ほどだ。中学と高校は隣り合わせの敷地に建っている。うちの家からだと、高校の裏側にある中学の校舎の方が遠くて、のんびり歩くと30分掛かった。高校になって近くなったのはありがたい。通学時間が15分短縮されて、その分長く寝てられるからだ。それを親に言ったら、そんなこと言ってないで早起きしろ、と怒られてしまったが。  静也の家への道のりは、すぐに思い出せた。見覚えのある曲がり角、電柱、家の壁。記憶の中に残っていた景色の残像を追っていったら、すぐに静也の家に辿り着いた。 ――ここだ……変ってないな。  小学校時代、毎週習字教室に通った家。それだけじゃない。静也と遊ぶために、この家には何度も足を運んだ。一応、念のために表札を確認すると、岡本になっている。 ――またこの家に戻ってきたのか……  俺はドアベルを鳴らした。  何の反応もない。 ――いないのかな? それとも居留守?  俺はもう一回ドアベルを押した。もしかしたら、入学式の祝いで家族で食事にでも出掛けたのだろうか? 「何してるんだ?」 「うわっ!」  突然後ろから声を掛けられ、俺はビックリして振り返る。  そこには静也が立っていた。 「うちに何か用?」  静也はまるで不審者を見るような厳しい視線を俺に向けた。 「あっ、あのっ、俺……」  今までの勢いはどこへやら、俺は慌てまくってしまう。 「用がないんだったら、そこどいて。家の中に入れないから」 「あ……ああ、ごめん」  俺はドアの前から体を避けた。静也はポケットから鍵を取り出すと、ドアの鍵穴に差し込む。 ――そうじゃないだろ!? 何しにここまでわざわざ来たんだよ!  俺は急に我に返って、静也の肩を掴む。 「静也、俺だよ、俺、斉藤要だよ!」 「……だから、何?」 「……え?」  振り返った静也は迷惑そうに言った。冷め切った表情と感情のない声。俺は驚いて、その場に固まってしまう。そんな反応が返って来るなんて、全然予想してなかった。  呆然と立ちすくむ俺の目の前で、ドアがパタンと閉められた。

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