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第8話
7.
放課後、俺は校門に続く桜並木で静也が来るのを待っていた。
今までつれない態度を取られたのは、もしかしたら教室で話しかけたせいだったかも、と思いついたのだ。
――あいつ、昔から照れ屋だったしな。
他の生徒に俺と話しているところを見られたくなかったのかもしれない。だから、帰宅途中のあいつを捕まえて、落ち着いて話をしようと計画したのだ。
――おっ、来た来た!
静也は俯き加減のまま、ゆっくりと歩いて来る。相変わらず周囲に人を寄せ付けないような、冷たい空気を纏っていた。他の生徒達は何人かでつるんで歩いていたが、静也は一人きりだ。まあその方が変な邪魔が入らないし、俺には都合がいい。
「おい、静也」
俺は桜の木の陰から飛び出すと、逃げられないように真ん前に立つ。静也はぎょっとした顔をした後、眉を顰めた。
「……しつこいな」
「だって理由が分からないまま、こんな風に冷たくされるの気持ち悪いんだよ」
「別に理由なんてどうだっていいだろ? 俺はお前とお友達とやらになるつもりはもうないんだ。放っておいてくれよ」
「嫌だ」
「この前も言ったけどさ、そういう自己中な考え方を押しつけられるの迷惑なんだよ」
「自己中……」
俺はショックの余りそれ以上言葉を続けられなかった。
「ちょ、ちょっと待てよ、静也!」
静也は俺を振り返りもせず、行ってしまった。
――自己中……か。確かにそうかもな。
俺は家に帰ると、部屋のベッドに大の字になって寝転がる。
静也が言うように、あいつの気持ちなんて何も考えず、俺が友達に戻りたいっていう欲求だけを押しつけていた。
ふと本棚に目を遣る。
俺は立ち上がって、本棚の一番上の段に無造作に差していた封筒を抜き出した。静也からの手紙だ。全部で三通あった。まだ幼さの残る字で、斉藤要様、という名前と住所が書かれている。
――そう言えば、この手紙見るの、受け取って以来始めてだな。
俺は机の上に封筒を載せて、一通、手に取り中から便箋を出してみる。
『要へ、元気ですか? ぼくは元気です。でも要と遊べなくてとてもさびしいです』
そんな一文から始まる手紙は、静也の新しい中学校での話が綴られていた。
『……だれも他に知ってる人がいなくてさびしいです。要に会いたいです』
何度も書かれている『さびしい』という文字。俺はこの手紙に返事を出したのだろうか? もしも出したとしたら、何と書いて返事したのだろうか? まったく思い出せなかった。
二通目も取り出してみる。
『要へ、元気ですか? この間は手紙の返事ありがとう。とってもうれしかったです』
どうやら俺はちゃんと返事を書いたらしい。
『……クラスのみんなはいい人だと思うけど、要みたいに仲良くなれる子がいなくてさびしいです。要に会いたいです』
繰り返される『さびしい』という言葉は静也の心の叫びだったのだろうか。俺は幼すぎてあいつの寂しさを分かってやれなかった。
三通目の手紙。便箋を出すと、何かがぽろりと机の上に落ちた。乾燥しきった葉っぱと茶色に変色した花だった。
――四つ葉のクローバー?
葉っぱの方は四つ葉のクローバーだった。そして茶色に変色した丸い花は白詰草だった。
便箋を開いて中に目を通す。
『要へ、元気ですか? この間四つ葉のクローバーを見つけました。ラッキーなことがあるといいなと思っています』
二人で公園で遊んでいたあの日の出来事が脳裏に思い浮かんでくる。しゃがみ込んで四つ葉のクローバーを一生懸命に探している静也。その静也を見下ろしている俺。
『……もう一度要に会いたいです』
そうだ……思い出した。
俺はベッドに座り込む。手紙を握りしめたままで。
あの頃……公園で四つ葉のクローバーを静也が探していた少し前、静也の父親が転勤になり、母親と姉は父親について転勤先に引っ越していた。だけど、静也は家におばあちゃんと二人で残っていたのだ。彼は引っ越しを嫌がって、おばあちゃんが面倒をみることで両親は納得し、静也だけが残ったのだ。その時はまだおばあちゃんも元気で、習字教室をやっていたから、俺も毎週変らずに通っていた。だが、それから数ヶ月後、突然おばあちゃんが倒れたのだ。子供だったから詳しい事は分からなかったけど、多分心臓発作とかそういうのだったんじゃないかと思う。
習字教室は閉められ、俺は静也の家に行くことがなくなった。
静也がクローバーを探していたのは、あの頃の話だ。
結局、おばあちゃんは元気にならず、しばらくしてから入院して亡くなった。そして静也は両親のところへ行ってしまったのだ。
『おばあちゃんの病気良くなるかと思って……』
クローバーを探しながら、悲しそうな顔でそう言った後、静也は言葉をこう続けていた。
『……おばあちゃんが元気にならなかったら、僕もお父さんとお母さんのところに行かなくちゃいけなくなるんだ。そしたらもう要に会えなくなっちゃう』
――俺は、なんて間抜けなんだよ……
あんなに静也は俺と離れたくないって思ってくれてたんだ。引っ越してからも、俺に会いたがってたのに、ただの一度だってあいつの気持ちを分かってやってなかった。
机の上の乾燥した四つ葉のクローバーと白詰草の花。静也の思いが込められていたのに、俺は何も気付いてやれなかった。
――自己中で俺の気持ちだけ押しつけてるって思われても仕方ないな。
俺の手元に三通しか手紙がないということは、多分最初の手紙にだけ返事を送って、その後は送らなかったのだろう。静也は二通目も返事を期待していたが、俺からの返事は届かなかった。そして三通目には四つ葉のクローバーを同封して、俺からの手紙を待った。きっと幸運の四つ葉のクローバーが、俺の返事を届けてくれると信じて。
でもついにその返事が届くことはなかったのだ。
そして、いつしか静也は手紙が俺から送られてくるのを諦めたのだろう。
俺はパーカーを引っ掴んで、階段を駆け下りていた。急いでスニーカーに足を突っ込むと、家を飛び出す。
「要、どこに行くの? 夕ご飯までに帰って来なさいよ!」
母親が驚いてキッチンから顔を出して尋ねてきたが、俺は答える前にドアを閉めていた。
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