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第6話

5. 「これでよし、と。どう? 公彦、足すっごい痛い?」  千明が心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。 「うん……さっきよりマシかな。痛いっていうより、冷たいな」 「そりゃそうだろ、足を氷ん中突っ込んでるんだから」  智志は苦笑して立ち上がる。  僕の左足は氷でいっぱいの洗面器の中に入れられている。一応直接触れないように、薄いタオルで巻かれているけど、すでに溶けた水が染み込んで冷え切っていた。 「ねえ、公彦。午後の予定はどうなってるの?」 「ビーチバレーの後は6時の夕食まで自由時間。その後、7時半からみんなで花火する予定」 「そっか。じゃあ、僕みっちゃんにもう1個アイス買って貰って来ようかな。……公彦、大丈夫?」 「うん、僕は夕食まで部屋で休んでおくよ」 「分かった。みんなに、この後の予定を伝えておくね! 智志はどうする?」 「俺もしばらく休んでいく。続けざまに試合出たからさすがに疲れた」  智志は自分のベッドの上に、ごろんと寝転がった。 「はー、この部屋クーラー効いてて最高」 「そしたら僕行くよ。また後で夕食の時にね」 「千明」 「なに? 智志」 「アイス食い過ぎて、夕飯食えなくならないように気を付けろよ」 「バカにするなよ! アイスぐらいで、そんなお腹いっぱいになるわけないだろ? 育ち盛りを舐めるな」  千明は捨て台詞を残すと部屋を出て行った。  ちゃぷん、カラカラ……と足元で音がしている。浅い洗面器の中の氷はだいぶ溶けていた。 ――水の音、落ち着く。  わざと波立たせるように、足を左右に動かす。少し痛んだけど、冷やされているせいか、さっきほどの激痛は感じない。  智志は寝てしまったのか、ベッドの上で大の字になって身動きもせずにじっとしている。あの暑い中で、本気でボールを打ちまくっていたので、さすがに疲れたのだろう。  カーキのTシャツの袖から出ている、よく日に焼けた逞しい腕。そして紺色のハーフパンツから伸びる形の良い脚。バレーやサッカーで鍛えているから、すごく綺麗に筋肉がついている。僕は視線を落として自分の脚を見つめる。日焼けしていない白い肌と、筋肉なんて全然ついてない貧弱で細い脚。 ――格好悪いな、僕。  僕と千明と三ツ谷と智志は、中学1年の時からの付き合いだ。千明と三ツ谷は小学校時代からの親友で、人懐こい千明が同じクラスになった僕と智志に声をかけてくれたのが切っ掛けで仲良くなった。千明曰く「なんか、ピピッと来たんだよね」だそうだが、それから5年、僕たちは、飽きもせずにずっとつるんでいる。4人とも全然違う性格なのに、それがぴたっとお互いのピースにはまるというか……違うからこそ、一緒にいても飽きないのかもしれない。  大胆で一本気で豪快な三ツ谷。童顔だけど意外としっかり者でちゃっかりしてるムードメイカーの千明。そして、明るくてさっぱりしていて優しい智志。  そう、智志は優しい。残酷なぐらいに。  僕が智志を特別な気持ちで意識し始めたのは、高一の夏だった。それまでは、ただの友達だった。ううん、気付いてないだけだったのかも。それまでにも、智志に好意を持っていたのは否定しない。でもそれは友人としての好意だったんじゃないかな、って思う。思うだけで、本当のところは分からないけど。  自分が智志に惹かれてるのかも……って思うようになったのは、千明に誘われてサッカー部の試合の応援に行った時だった。  前半はサブで控えに回っていた三ツ谷と智志。後半、あと10分弱で試合終了、というところで先輩たちと交代してフィールドに入った。すでにスコアは3-0と勝ちが決まっていたようなものなので、先輩たちを休ませるためと時間稼ぎのために交代したようなものだった。だけど、二人共すごく張り切って、広いサッカーフィールドを所狭しと走り回っていた。その姿がすごく格好良くて、僕は目が離せなかった。  そして僕はいつの間にか、智志だけに注目している自分に気が付いたんだ。 ――智志……格好いいな。  汗まみれになってボールを追いかけ、チャンスとみれば果敢にゴールを狙ってシュートを打ち、相手チームにボールが渡った時は必死になってディフェンス。そんな様子を見てるうちに、僕は段々ドキドキしてきた。でも、そのドキドキがなんなのかよく分からなくて、戸惑うばかりだった。  やがて試合が終わりを迎え、ピーッという審判の笛の音が響き渡った瞬間、僕の視線の先には智志しかいなかった。

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