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第8話
ちゃぷん……足元の氷はすでに溶けきっていた。水だけになってしまった洗面器の中で、左足をぐるりと回す。小さな海の中に渦が出来た。
――この渦は、僕の心。
渦の中心にいるのは智志だ。彼のことを考える度に、僕の中でぐるぐると渦が巻き始める。この渦の出口なんて、どこにもない。答えの出ない思考は、ぐるぐると僕の中でいつまでも巡り続ける。
――好き、好き、好き……
僕の気持ちは水の中に溶けていく。智志に伝えられないまま。
「……水遊びか?」
ふいに声を掛けられて視線を上げると、智志が起き上がってこちらを見ていた。
「もう、大丈夫? 貰ってきた湿布貼った方がいいな」
智志はベッドから降りると、僕の足元に片膝を突いてしゃがみ込んだ。
「じ、自分でやるからいいよ」
「何言ってるんだ。自分ではやりにくいだろ? 俺がしてやるから、じっとしてろ。こういうのは慣れてるしな」
有無を言わさぬ調子でそう言うと、僕の左足を洗面器から出して、丁寧にタオルで拭く。僕は智志に触れられている、と思っただけで、全身が熱くなってしまった。
「すぐに冷やしたから、腫れは引いてるな。湿布貼っておけば問題なさそうだ」
智志は千明が貰ってきてくれた湿布を僕の足首に貼ってくれた。そして自分のスポーツバッグの中から、足首用のサポーターを取り出す。
「いつもの癖でバッグに入れてきたんだけど、まさか役に立つとはな」
「いいの? 使っちゃって。それ、サッカー部用だろ?」
「同じ物いくつか持ってるから、平気。気にするなよ」
智志は僕の足首に伸縮性のあるサポーターを履かせてくれた。
「どうだ? だいぶ楽だろう?」
「うん。サポーターしてると足首が固定されるからか、楽になった気がする」
「よし、じゃあ治療終了。……どうする? 夕食まで、もうちょっと時間あるけど。ビーチ行く?」
「……僕、このまま夕食まで部屋で休むよ。智志はみんなのところに行ってきたら?」
「そうか……? それじゃ、俺ちょっと行ってくるわ。大人しくしてろよ?」
そう言うと、智志は僕の頭を子供にするみたいに撫でた。髪の毛に触れる智志の手。大きくて、温かくて、優しい……智志の手。僕は慌てて体を引く。
「智志、僕子供じゃないよ……!」
「あはは、気にするなよ」
智志は僕の態度に気付いていたのか、いなかったのか。笑いながら部屋を出て行った。
僕は閉まったドアを見つめながら、熱く火照ってしまった身体を持て余して、どうしたらいいのか分からなかった。
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