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第9話
7.
宴会場での夕食の後、僕たちはすっかり暗くなったビーチに繰り出した。昼間は賑やかだった砂浜も、人の姿がなくなり、波の音だけが響き渡っている。
「先輩、花火買ってきたんですけど、これで良かったですか?」
斉藤が心配そうに僕に尋ねてくる。手にぶら下げたビニール袋の中には、花火がいっぱい入っていた。1年生は花火担当だったので、彼と岡本二人で近くのコンビニまで行って買ってきたらしい。
「大丈夫、これで充分だよ。ありがとう」
「あの……加賀先輩、レシートを貰ってきたんですけど、どうしたらいいですか?」
岡本がポケットからコンビニのレシートを取り出す。
「ああ、それは後で生徒会費で処理するのに必要だから、取っておいて。学校始まったら、友野と一緒に帳簿付けてくれるかな?」
「分かりました」
岡本は頷くと、レシートを几帳面に畳んでポケットに入れ直した。
「おい、静也、ロケット花火やろうぜ!」
会話が終わった岡本のTシャツの裾を引っ張って、斉藤が待ちかねたように彼を誘う。
「ああ、うん。……先輩、始めちゃっていいんですか?」
「いいよ、どんどんやって」
僕の返事に、岡本は「はい」と答えると、斉藤のところに走って行く。
――あの二人、すごく仲良しなんだな。
僕は彼らの姿を見ながら、羨ましいと思っていた。僕もかつてはあんな風に、智志と何も考えずに楽しんでいた。
――気付いちゃったから……
気付かなければ良かった、と思う。
気付いてしまったから、何も考えずに彼の側にはいられなくなってしまった。
「おい、公彦」
「な、なに?」
斉藤と岡本を羨ましそうに眺めて、ぼんやりしていた僕に智志が話しかけて来た。
「俺たちも花火、やろうぜ」
「うん……」
「公彦は何かやりたいのある?」
両手に花火を持った智志が聞いてくる。
「えーと……そうだな。これにしようかな」
僕は適当に中から一つ選び取った。
「公彦!」
突然名前を呼ばれたので、そちらを振り返る。千明がぶんぶんと手を振っていた。
「こっちで一緒にやろうよ~!」
千明は三ツ谷とすでに遊び始めていた。その隣で友野が斉藤と岡本をからかいながら花火をしていて、その様子を五十嵐は座ってスケッチしている。
「ああ、うん」
僕は呼ばれた方へ行った。途中、スケッチしている五十嵐の手元を覗き込む。
「よくこんな暗くてスケッチ出来るね?」
「ここ、明かりが差し込むから」
よく見ると、宿泊所のガラス窓から漏れ出ている照明が、丁度五十嵐が座っているところに当たっていた。スケッチが出来るぐらいの明るさは充分にある。
「すごい、よく描けてる」
簡単なスケッチだから、ハッキリ顔の表情まで細かく描いてるわけじゃないけど、なんとなく一目見ただけで誰なのかが分かるのはさすがだな、と思った。
「公彦! 早く、早く」
僕が五十嵐の手元を覗き込んでいたら、千明が急かすように声を掛けてきた。いつもの事だけど、千明は本当に騒がしい。でもその騒がしさのお陰で、落ち込みがちな僕の心は救われていた。
「見てー! すごい!」
千明は手にした花火をぐるぐると回している。
「千明、危ないから止めろよ。小学生か、お前は!」
「みっちゃん、なに言ってんの? 花火ってこうやって遊ぶもんだろ?」
「違うだろ? 危険行為は退場させるぞ! イエローカードだ!」
「えー! うそー」
千明と三ツ谷のやり取りを聞いて、みんな大声で笑っている。この二人がいるだけで、自然と場が和む。生徒会には欠かせないムードメイカーだ。
僕も手にした花火に火をつけた。
すぐにパチパチと音がしたかと思うと、次にシューシューと大きな火花が吹き出して、火の粉がパラパラと足元に落ちて行く。火の粉は地面に落ちる前に、黒い欠片になり、闇の中に見えなくなった。
――僕の気持ちも……こんな風に呆気なく散っていくんだろうな。
あっという間に火花は小さくなって、消えてしまった。
「はい、次」
いつの間にかすぐ側に智志が立っていた。その手に花火が握られている。
「……やらないの?」
「あ、うん。ありがとう」
智志から花火を受け取ると、彼は火を点けてくれた。火花が出る前に危なくないよう海の方へ花火を向ける。真っ暗な闇の中に文字通り、火の花が舞う。
――きれい。
波の音と花火と月の光。
そして僕の隣には好きな人。
――好き、って言えないけど。
「こら! 千明、危ないって言ってるだろ?」
「だぁってぇ~!」
向こうの方で三ツ谷が千明を怒っていた。その周りに友野や1年生たちが集まって、わいわいと賑やかに楽しんでいるのが見える。
「……公彦」
僕がみんなの様子をぼんやりと眺めていたら、突然智志が腕を掴んできた。
「なに?」
驚いて彼の方を見ると、何かを企むような表情を浮かべた後、腕を引っ張って歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、どこ行くの?」
「いいから、来いよ」
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