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第12話
9.
最終日の夜。
みんなは夕食後、砂浜で残った花火をせっせと消費していた。僕は足が痛むから、と理由をつけて部屋に残っていた。部屋のバルコニーに出て浜辺を見下ろすと、みんなが楽しそうに花火で遊んでいるのが見える。相変わらず千明ははしゃぎ回って、三ツ谷がそれを窘めているようだ。あの二人はまるで漫画のねずみとネコみたいだな、って思う。
「公彦、本当に一人で大丈夫? 寂しくない? 足が痛いんだったら、僕が背負っていくよ? 座ってみんなが花火してるの見るぐらいなら平気だろ?」
夕食後、僕が一人で部屋に残ると言ったら、千明は心配して勢いよくそう言った。
「千明……いくら公彦が小柄で華奢だって言っても、お前が背負っていくのは無理があるぞ? 背負っていくなら、俺だろ?」
「みっちゃんってば、またバカにして! 僕だって結構力あるんだからね?」
千明は手を握りしめて上に向け、力こぶを誇示しようとする。が、彼の細い腕にはそもそもあまり筋肉がついていなかった。
「ほっそ。お前、そんなんでよく言えるなぁ」
「悪かったね。僕、みっちゃんみたいに、筋肉だけしか取り柄がないわけじゃないから」
千明はぷいっと顔を背ける。
「二人共ありがとう。日中、陽に当たりすぎて、ちょっと疲れてるんだ。横になってれば治ると思うし、部屋でゆっくりさせて」
「オッケー。明日具合悪くて帰れなくなるといけないし、ゆっくり休んでね」
千明はそう言ってにっこりと笑った。
僕の視界に三ツ谷と智志が入り込む。二人は楽しそうに笑いながら、花火をしていた。
――智志の隣に、何も考えずにいられれば良かった。
今の僕には無理だった。
彼の隣にいると、違う感情が僕を支配して、そして自分を醜い動物に変えていくのが分かった。
僕は溜息をついて、バルコニーを離れた。部屋に戻り、ベッドの上に横になる。
明日はもうここを離れて自宅に帰る。帰ったら、智志とはしばらく会うこともない。彼は夏休みの間中、サッカー部の練習で忙しくなるからだ。僕は何の部活にも所属してなかったから、学校に行く必要はない。家でのんびりするだけだ。
――しばらく智志とは離れた方が、自分のためにもいいんじゃないかな。
側にいると考えなくてもいいことを、つい考えてしまうから、それなら離れていた方が自分の心の平穏を保つにはいいだろう。
――はあ……つらい。何でこんなことになっちゃったんだろう。
溜息をついて天井を見上げる。
すると、ドアが開く気配がした。そちらへ視線を向けると、智志が入ってくるところだった。
「……どうしたの? もう、花火終わったの?」
「ああ、まだ千明たちは遊んでるけどな。俺はおしまい」
「……僕に気を遣って、早めに切り上げたんじゃないの? そんなことしなくて良かったのに」
「違うよ。俺が戻ってきたかったんだ」
智志は僕のベッドの端に腰掛けた。
「……なあ、公彦。生徒会長の仕事ってさ、すごく大変だし責任感じるのは分かるけど、あんまり無理するなよ。何か心配事とか、不安な事とかあったら、俺にも言えよな。……俺は副会長なんだしさ」
「あ……ありがとう」
智志は僕の様子がおかしいのを、生徒会長の職務のプレッシャーのせいだと思っていた。本当はそんなんじゃなくて、違う理由だったけど。……でも、本当の理由を知られるより、その方がましなんだよね。勘違いしてくれているだけ、まだいいんだ。
「足は大丈夫か?」
「うん、だいぶ良くなったみたい」
「じゃ、明日はちゃんと歩いて帰れるな?」
「平気……まだ普通に歩くのは無理だけど」
「そっか、まあここから駅までは、宿舎のおじさんがミニバスに乗っけていってくれるし、地元の駅から公彦の家までは俺が送ってやるから安心しろ」
「うん……ありがとう」
「それじゃ、俺シャワー浴びてくるわ。お前……まだだった?」
「先にいいよ。僕、次に浴びるから」
「おう、じゃあお先に」
智志は立ち上がると、ベッドの上に載せられていたバスタオルを手にバスルームへ入っていった。
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