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第13話

10.  波の音。太古の記憶を呼び覚ますような、そんな懐かしい音。  僕は眠れなくて、そっとベッドを抜け出すとバルコニーに出た。ひんやりとした夜風が気持ち良い。  絶え間なく繰り返す波の音は、僕の鼓動。僕がまだ海の中に住んでいた頃の名残りの音。  胸に手を当てると、とくんとくんと波の音にシンクロするように、鼓動が指に伝わってくる。 ――きれい。  真っ黒な海に夜空の月が映り込んでいた。  大昔、海に住んでいた動物たちもこの景色を目にしたのだろうか? 海の中にまで月の光って届いているんだろうか? ――僕も海に還りたい。  海に還ってしまえば、二度とこんな苦しい気持ちを抱えずに済む。何も考えずに水の中を自由に泳ぎ回って、そして何も考えずにその生を終えられる。 ――苦しい。  智志のことを考えただけで、胸が苦しくてたまらない。 ――智志……好き、大好き。  決して伝えられない僕の思い。こんな報われない思いを、いつまで抱え続けていればいいの? 「眠れないのか?」  突然後ろから声をかけられ、僕は驚いて身体を震わせ振り返る。智志はベッドを降りてこちらへ歩いてくるところだった。 「綺麗な月夜だな」  彼はそう言いながら、隣に立った。  それだけで、僕の身体はかあっと熱くなる。とくんとくん、と規則正しく波の音とシンクロしていた胸の鼓動はいつしか調子外れになって、ずっと早いテンポを刻んでいた。 ――お願い、気付かないで。  僕は俯いて、少しだけ智志から身体を離す。 「……公彦、俺に何か言いたいことがあるんじゃないのか?」 「な、なに? 急に?」 「お前、最近ちょっと変だろ?」 「……」  無言になってしまった僕を、智志はじっと見つめている。 「言いたいことあるなら、遠慮なく言えよ。……俺は、何言われても怒らないから」 ――そうじゃない。怒るとか、そんな簡単な問題じゃない。それ以前の話だよ……  僕は心の中で口に出来ない言葉を繰り返す。 ――男に好きなんて言われて、平気でいられるわけないだろ? 怒るとか……そんなもんじゃ済まないんだってば。 「公彦、黙ってないで何か言えよ」  智志は僕の両肩を掴むと、自分の方へ体を強引に向けた。 「……智志」  彼の名前を口にした途端に、僕の目から涙が溢れ出た。口に出せない思いが、代わりに涙になってしまったかのようだった。溢れ出た思いは止められない。次から次へと、涙が頬を伝って落ちて行く。 「ど、どうしたんだよ……」  智志は驚いて僕の肩を掴んでいた両手を離した。 「……ごめん」 「なんで謝るんだ……? 謝らないといけないのは俺じゃないのか? 公彦を泣かせたりして……俺、お前に何か悪いことした?」 「違う……これは僕の問題だから……」 「お前の問題……?」 「お願い。……聞かないで。聞かれたら二度と友達に戻れない」  僕は肩を震わせ、涙を流しながらそう言った。いくら鈍感な智志だって、僕にこんなこと言われたら、さすがに気付くんじゃないかって思った。 「公彦……お前」  僕はゆっくり顔を上げて、目の前の彼を見た。智志の表情がこれまでと違うのに気付く。 ――これで、もう終わり。全部終わり。自分で駄目にした。……もう、友達には戻れない。  智志は一歩僕の方へ足を踏み出して……そして僕を両手で抱き締めてから、ゆっくりと口を開いた。 「ごめん」

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