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第2話

2.  放課後の校舎は、ざわざわとどこか浮かれたような落ち着かない雰囲気に満ちている。そういう雰囲気に浸っているうちに、いつの間にか生徒はいなくなってて、気付くと教室には自分一人だけになっていた。俺は鞄を持って廊下に出る。他に誰も歩いてない。まるで学校を一人占めにしてるみたいな気分だ。  クラスメートで一番仲が良い山下は、今日はバイトがあるから、とさっさと帰宅してしまった。部活に入ってない俺は、何をするでもなく、校内をただふらふらとしていた。昨日から単身赴任中の父親が、休みを数日取り家に戻ってきていて、すぐに帰宅したくなかったのだ。父親に、学校の成績や進路のことでガミガミとやかましく言われるのが嫌で、なるべく顔を合わせたくなかった。  俺は通りがかりに目にした図書室の文字に何となく興味を惹かれ、入ってみることにした。時間がつぶせるなら、何でもいい。図書室に入ると、数人の学生が机の上にノートを広げて勉強しているところだった。そういえばもうすぐ中間試験があったっけ、と思い出す。  俺は本の背表紙を眺めながら、目的もなく書棚の間を歩き回る。特に興味があるとか、探している本があるわけじゃない。書棚に並ぶ本の列を、ただぼんやりと眺めてるだけで、ちゃんと書名も見ていなかった。ただの暇つぶしだからだ。  幾つ目かの書棚の間を通り抜けようとした時、しゃがみ込んで本を探している彼に気が付いた。 ――池永馨……  山下が「何かの病気なんだって」と言っていたのを思い出す。本の背表紙に伸ばした手は痩せていて、ブレザーの袖から覗いた手首はとても細くて白かった。 「何の本、読んでるの?」  俺の声にぎょっとした顔をして、彼は視線をこちらに向けた。 「……なに?」 「何か面白い本でも知ってるかなって思って」  池永は伸ばした手を引っ込めた。そして立ち上がる。 「……この間から、何なの? 何か僕に用? それとも嫌がらせ?」  怒りを含んだような声。彼は厳しい表情で俺を睨み付けていた。 「嫌がらせじゃないよ……た、たまたまだってば」 「たまたま? たまたま何なの?」 「いや……その、よく分からないんだけど、池永のこと気になってて……」 「あんたは僕を知ってるけど、僕はあんたを知らない」 「そ……そうだよな。ごめん。俺、2年4組の香山諒一」 「4組の人間が、僕に何の用なわけ?」 「だから……その、何となく気になって」 「僕が病気だから珍しいと思った? それとも同情? 変な同情だったら、迷惑だからいらないんだけど」  池永は棘のある言い方で、威嚇するように言った。もしかしたら、これまで興味本位で近づいてくる人間がたくさんいたのかもしれない。 「……気ぃ悪くさせたらごめん。でも、同情とかじゃないし、珍しいからとか、そんな理由でもないから」 「じゃあ、何?」 「何だろう? 俺もよく分かんないんだ……ただ、お前のこと知りたいなって思って」  俺の言葉に池永は驚いた顔をして、黙り込んでしまった。 「何か変なこと言ってるなって、俺も自分で思うんだけどさ。……何でかな? その、友達になりたいんだ」  俺は自分でも何を言ってるんだか、途中から訳が分からなくなっていた。どうしてこんな言葉を口にしたんだろう? 誰か別人に自分の意識を乗っ取られてるみたいだった。  初めて池永を見た時、彼を幽霊みたいだって思ったけど、もしかしたら、あの時すでに俺は彼に魅入られていたのかもしれない。  そうだ……俺は彼に魅入られていたんだ。

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