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第6話
6.
2週間後の週明けの放課後。俺が図書室へ行くと、池永の姿があった。彼は、俺の顔を見るなり、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「久しぶり。学校休んでた?」
俺が尋ねると、池永はこくん、と頷く。
「毎年、季節の変わり目に体調が悪くなっちゃうんだ。大した事はなかったんだけど、お母さんが心配しちゃって……本当は学校に来たかったんだけど」
――俺に会いたかったから?
そう心の中で問い掛ける。
「ねえ、僕が休んでる間、香山は何か本読んだ?」
「うん。お勧めしてくれた本、何冊か読んでみたよ」
「どうだった? 面白かった?」
「ミステリはパズルを解くみたいで結構楽しめたな。……ジュンブンってやつは、ちょっと退屈だったけど」
「あはは、退屈とか言う?」
「本当のことだよ。なんか、真面目くさった文章だったし、根暗なヤツの心理状態とか読まされたら、俺まで根暗になりそ」
「香山って面白いね」
「そうかな?」
池永はくすくすと笑いながら、いつもの窓際の席へ歩いて行った。
「ジュンブンもさ、読み方によってはミステリ並みに面白く読めるんだよ?」
「へえ……そうなのか?」
「うん。例えば、夏目漱石のこころ」
「教科書にも載ってる有名な話だな」
「私と先生とKの関係性を考えるとね、とても深い話だなって思うんだよ。私は先生を慕っていて、先生は私を可愛がってくれる。先生の心の中にはずっとKがいて、忘れることが出来ない。先生にとって私への優しさはKへの贖罪なのかも、って僕は思ったんだけど……人の心って、とても複雑でミステリアスで、機械みたいにロジカルな答えを出せないんだ。そこがとても面白いんだけど」
「ふうん……」
俺は池永の顔をじっと見つめていた。正直、ロジカルだとか、彼が言う意味がよく分からなくて、話の内容はどうでも良かった。ただ、楽しそうに話をしている顔を見ていたかった。
「……香山?」
「ん? なに?」
「僕の話、聞いてる?」
「ああ……うん、なんとなく」
「なんとなく? 失礼だな」
池永は顰め面をした。そんな顔も可愛いな、なんて思ってしまう。
「ごめん、ごめん。じゃあ、池永のお勧めのこころ、そういう視点で読んでみるよ」
「そうして。読んだら僕に香山の意見を聞かせてよ?」
「分かった。……ところでさ」
俺は池永に会ったら絶対に聞かなくちゃ、と思っていた質問を口にすることにした。
「池永の家ってどこ?」
「僕の家? ……なんで?」
「いや……この次、池永が学校休むことあったら、お見舞いに行こうかと思って」
「え……? お見舞いに来てくれるの?」
池永は驚きと照れが入り交じったような表情を浮かべた。そして嬉しそうに言葉を続ける。
「ほんと? 本当に? 香山、うちに来てくれるの?」
「そんなに喜んで貰えると思わなかったな」
「だって、学校休んでる間、一人で家にいるのつまんないんだよ? もし香山が来てくれたら嬉しいな」
池永は鞄の中からノートを取り出すと、びりっと一枚破って、そこに住所を書き込んだ。
「……地図もいる?」
「いや、いいよ。調べれば分かるから」
「……なんか、休むの楽しみになってきちゃった」
「馬鹿、何言ってるんだよ。体調悪くなるのなんか、楽しみにするなよ」
「だって……」
「じゃあ……あれだ、その……お見舞いじゃなくても、俺がお前の家に遊びにいけばいいんじゃないか?」
「本当?! うちに遊びに来てくれるの?」
「池永がいいんだったら、行くよ」
「いいに決まってるじゃないか!」
池永は思わず大きな声を出してしまってから、しまった、という顔をして口を両手で押えた。そこをちょうど通りがかった図書委員の生徒に「静かにして下さい」と注意されてしまい、彼は申し訳なさそうに「すみません」と一言口にして、苦笑した。
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