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第8話

「賑やかだね」  池永はステージに目を向けて言った。 「おまえは歌わないの?」 「歌……? 僕は苦手だから、そういうのはいい。香山こそ歌ったら?」 「俺も苦手」 「そんな風に見えないけどな」 「俺っておまえにどんな風に思われてんの?」 「……明るくて優しくてクラスの人気者」  俯いてそう言った池永の顔は少し寂しそうだった。  俺は「向こうに行こう」と彼を誘って、校庭の隅にあるポプラ並木のところまで歩いて行く。その辺りまで来ると、他の生徒の姿は見かけない。みんなステージ前に集まって賑やかに過ごしていた。 「ここ暗くてちょっと怖いね」  池永はぶるっと身体を震わせて小声で言った。 「なんだ、池永怖がりだな」 「だって、他に人いないし……」 「いないから、逆に静かでいいじゃないか」  俺は大きなポプラの根元に座った。向こう側に見えているステージ上では、相変わらずカラオケの熱唱が続いている。  池永も俺の隣に腰を下ろした。 「池永は去年の後夜祭はどうしてたんだ?」 「去年は学校休んでたから……だから、後夜祭参加するの初めてなんだ」 「そうだったのか……」 「初めての後夜祭、香山と一緒に過ごせて良かった」  俺も……小さく口の中で呟く。池永は俺の隣に座って、何やらもじもじとしていた。そしてしばらくしてから、思い切ったように質問してきた。 「……あのさ、香山はなんで僕と友達になりたいなんて思ってくれたの?」 「……何でかな? 実は俺もよく分からないんだ」  俺は苦笑した。  あの時、池永に友達になろうって言った時、俺自身はっきりとした意図があったわけじゃなかった。ただ何となく、彼を知りたい、と思った。だからそれには友達になるのが一番いいんじゃないかな、って単純に考えただけだった。 「だけどさ、俺、池永と友達になれて良かったと思ってるよ。……おまえすごく頭いいし、いっぱい本の話してくれるし」 「そっか……それなら良かった」 「文化祭、楽しかった?」 「うん。文化祭も今年始めてだったから、すごく面白かった。白玉ぜんざいとっても美味しかったよ」 「俺も食ったけど、あれなかなか美味かったよな」 「それに、香山のエプロン姿よく似合ってた」 「そうか? 俺のエプロン姿なんて格好悪くないか?」 「そんなことないよ。……でもいつもの制服のブレザー姿の方がよく似合ってるけど」  池永は俯いて早口でそう言った。暗いから表情がよく分からないけど、彼は耳まで赤くなってるような、そんな気がした。俺はそろそろと池永の肩に手を伸ばす。 「あ! 見て、花火!」  池永の声と共に、パンパン、と音がして視線を上げると、ステージの向こう側から花火が上がっているのが見えた。それをきっかけにして、ダンスミュージックが大音量でかかり、生徒たちが踊り出しているのが見える。花火は次々に上がって、真っ黒な夜空に大輪の花を咲かせていた。 「うわぁ……綺麗」 「結構本格的なのあげるんだな……」 「……香山、去年は見なかったの?」 「去年は後夜祭の前に帰ったんだ。花火なんてつまんないと思って」  俺は花火を見上げる池永の横顔を見つめた。 「……池永」 「なに?」  無邪気な表情のまま、こちらを向いた池永の頬を両手でそっと包み込むと、俺は彼の唇を塞いだ。嫌がられるかと思ったが、彼は大人しく俺に身体を預けてくる。両手を彼の背中に回して、俺はぎゅうっと抱き締めた。抱き締めた彼の身体は、体温を感じることもなく、まるで氷のように冷え切っていた。

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