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第9話

8.  後夜祭でのキスの後も、池永の俺への態度はまったく変ることはなかった。  もしかしたら、避けられるかもしれない、と心の隅で心配していたので、ホッと安心する。それと同時に、彼の態度が変らなさすぎて物足りなかった。それは自分の我が儘だとは分かっていたけど、もう少し甘い雰囲気になってもいいんじゃないか、なんて勝手なことを思っていたからだ。  だけど落ち着いて考えてみたら、別に好きだとか、付き合おうとか告白したわけじゃない。ただ単にその場のノリで雰囲気に流されてキスしただけだ、と思われてたのかもしれなかった。普段と同じ池永の態度に、俺はそういうことだろう、と結論づけた。 ――柔らかい唇だったな……  キスは……初めてだった。  まさか、ファーストキスの相手が男になるとは思ってなかった。だけど、俺はすごく満足していた。 ――池永も初めてだったのかな?  病欠しがちでこれまで学校にもあまり来なかった池永が、誰かと付き合ってた経験があるとは思えなかった。だとしたら、あいつもファーストキスだったんじゃないだろうか。ファーストキスの相手が俺なんかで良かったのかな? と突然心配になってしまう。  俺は勝手に池永に欲情して、キスも断りなくしちゃったけど、本当は池永はそういう気分じゃなかったかもしれない。  だけど、それを昼間の明るい図書室で面と向って尋ねるのは気が引けた。  あの時は暗かったから、何かこう、勢いでキスしちゃったけど、改めてその件を口にするのは、ものすごく恥ずかしかった。  普通の態度で接してくる池永に対して、俺の方がどこかよそよそしかったのは否めない。池永はそんな俺の様子を気にしているようで、時々不安そうな表情を浮かべていた。  それは後夜祭から数週間後。期末試験も終わり、後は冬休みまでもう少し、生徒たちも浮かれた気分で残りの通学日数をカウントダウンし始めた頃だった。いつものように放課後に図書室へ行くと、池永が待ちかねていたように尋ねてきた。 「あのさ、香山、冬休み何か特別な予定ある?」 「予定……? いや、何にもないけど」 「じゃあさ、あの……ク、クリスマス……なんだけど……」  池永の顔が真っ赤になる。 「……香山、クリスマスイブの日……予定入ってる?」  なんとかそれだけ口にすると、彼は恥ずかしそうに俯いてしまった。 「いや、何にも予定なんてないよ。毎年家族でチキンとケーキ食うだけ」 「じゃあ……僕の家に来る?」 「いいの? おまえんち行って? そういや、遊びに行くって言ってたのに、忙しくてそのまんまになってたよな」 「うん……あのね、お父さんとお母さん、その日いないんだ」  どきん、と俺の鼓動が跳ね上がる。 「……おばあちゃんは家にいるんだけどね。でも、いつも寝ちゃうの早いから」 「そ、そっか……そうなんだ。お、おまえがいいなら、遊びに行くよ」  俺は何だか呂律が上手く回らずに、焦ったように答えた。全身が妙に火照って熱い。この部屋、暖房が効きすぎなんじゃないだろうか? 「クリスマスプレゼント、何がいいかな? 香山、何か欲しい物ある?」 「え? ああ、そうだよな、クリスマスだから、プレゼント交換……うん、えーと、俺の欲しい物……」  俺はまだドキドキが止まらなくて、何と答えたらいいのか分からず、しどろもどろになってしまう。 「あー、えーと、うううん……あ、そうだ」  突然妙案が閃いた。 「池永が一番好きな本、それをプレゼントしてくれよ」 「うん、分かった」 「おまえは何か欲しい物ってある? 俺バイトしてないから、あんまり高い物は無理だけど」 「何でもいい。香山が僕にプレゼントしてくれるんだったら……本当に何でもいいんだ」  池永は自分に言い聞かせるようにして、何度も頷きながらそう言った。

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