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第10話

9.  終業式の後、冬休み前最後に図書室で池永に会った。この日はいつもよりも閉まるのが早いので、あいつとも短い時間しか喋れなかった。図書室が閉まるギリギリまで粘って、その後校門まで一緒に帰った。制服の上に紺色のダッフルコートを着て、緑色のタータンチェックのマフラーを巻いた池永の隣を歩きながら、俺は手を繋ごうかどうしようかずっと迷っていた。すでにほとんどの生徒は帰宅していて、校門までの道すがら、他には誰の姿も見当たらない。俺たち二人だけだった。俺はポケットに突っ込んだ手をもぞもぞさせながら、池永の言葉も上の空で、繋ぐべきか我慢するか、それだけを考え続けていた。 「……聞いてる? 香山」 「あ、ごめん、何?」 「クリスマスイブの日、何時に来る?」 「ああ……そう言えば、そうだよな。何時に行ったらいい?」 「僕の方が聞いてるのに」  池永はくすっと笑う。 「お、俺は何時でもいいよ。全然予定なんて本当に何にもないから」 「じゃ、お昼過ぎに来る? 1時頃とか」 「うん」 「……泊まって行ってくれるんだよね?」 「うん」 「……すごく楽しみ」 「うん」 「うん、しか言わないんだね」 「うん」  俺は言ってから、池永と顔を見合わせてお互い吹き出した。 「ごめん……ちょっと違うこと考えてて」 「なに?」 「池永と手繋ぎたいなって」 「……そんなの聞かなくても、繋いでくれていいのに」  池永は立ち止まると、はい、と右手を差しだした。俺はその手を左手でぎゅっと握りしめる。 ――冷たい……  相変わらず彼の手はひんやりと冷たかった。まるで体温というものが存在しないかのように。俺は彼の手を握ったまま、自分のコートのポケットに突っ込んだ。少しでも彼の手が温まるように、と思って。  ひゅうひゅうと冷たい風が吹き付けてくる。でも俺の心は温かかった。  手を繋いだ俺たちは、一言も喋らずに校門まで歩き続けた。そこまで辿り着いてしまったら、帰り道は左右に分かれてしまう。自然と二人の歩調がゆっくりしたものになる。少しでも長く一緒に歩いていたい、と思っているのが、繋いだ手から感じられた。 ――このまま時間が止まってくれたらいいのに。  校門まで来てしまっても、しばらくの間、別れがたくて彼の手を握りしめたまま、その場に留まっていた。だけど、さすがに寒くて、こんなんじゃ池永に風邪を引かせてしまう、と思い、ゆっくりと手を離した。 「……それじゃ、クリスマスイブの日待ってるから」  にっこりと池永は可愛らしい笑みを浮かべた。 「うん」 「香山ってば、うん、しか言わないんだもん」 「ごめん」 「いいよ。……楽しみにしてるね」  バイバイ、と池永は手を振って背を向けた。  俺はその瞬間、とっさに彼の腕を掴んでこちらに振り向かせた。 「……どうしたの? 香山」  池永は驚いて目を見開いたまま、俺を見つめている。俺は一瞬戸惑ったが、思い切って言おうと思っていた一言を彼に告げた。 「好きだ」 「香山……」 「馨、お前が好きなんだ。……おまえのこと、ずっと好きだったんだ」  何だか分からないけど、今伝えておかないと後悔しそうな気がしていた。池永は俺の告白を聞くと、白い頬を桜色に染め、嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべた。 「……ありがとう。僕も……僕も、香山が好き」 「俺たち、両思いってことかな……?」 「そうだね」 「イブの日……俺も楽しみにしてる」 「待ってるね。……僕、香山のこと待ってるから」 「うん。待ってて。俺、必ず馨のところに行くから」 「ずっと待ってるよ」  池永はもう一度バイバイ、と手を小さく振ると、背中を向けて歩き出した。  俺はその場からすぐに立ち去ることが出来なくて、いつまでも彼の背中を見送っていた。

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