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第12話
「……せっかく来てくれたんだけど、ごめんなさいね」
――何が、ごめんなさいなんだろう?
お母さんの様子が気になる。泣き出してしまいそうな、そんな表情を浮かべている。俺は突然嫌な予感がして、全身に悪寒を感じた。
「……おとついの晩にね、馨……亡くなったの」
「……えっ?」
俺は言われた意味が分からなくて、呆然とした。目の前が真っ暗になって、何も考えられなかった。お母さんはスカートのポケットから、真っ白なハンカチを取り出すと、目頭をそっと押える。
「突然だったの……ちょっと気分が悪い、ってそう言って、横になっている間に……その間にもう馨は……」
お母さんは、堪えきれない様子で口元を抑えると嗚咽した。
――どういう……こと?
俺は何がどうなってるんだか分からなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
――馨、死んだの?
俺は今まで死を身近に感じたことがなかったから、どう反応していいのかまったく分からなかった。いつも側にいるのが自然だった人に、二度と会えなくなるなんて、そんなの考えたこともなかった。その会えなくなる人が、他の誰でもない、馨だったなんて。
「……これ、香山くんにって馨から」
気付くと、お母さんが目の前に立っていて、何かを差しだしてくれていた。俺はゼンマイ仕掛けの人形みたいなぎこちない動きで、それを受け取る。サンタクロースの絵柄の包装紙に包まれたプレゼントだった。
「馨ね、クリスマスイブをとっても楽しみにしていたの。あの子、小さい頃から病弱で入退院を繰り返していて、学校も満足に通えなかったから、友達もなかなか出来なくて……香山くんが初めての仲が良いお友達だったのよ。いつも学校から帰ってくると、香山くんの話ばっかりして。馨に友達が出来て本当に良かった、って私も主人も安心していたの。……冬休み前から、何度も何度もイブの日に泊まりで香山くんが遊びに来てくれるんだって、私達に話してくれていて……そんなの初めての経験だったから、本当に嬉しそうだった」
「そう……だったんですか」
「クリスマスのプレゼントも自分で買いに行って、包装紙もちゃんと自分で用意してね。それでもなかなか上手く包めないから、私が手伝ったんだけど。……あなたも本が好きなのね」
「池永くんが……本の面白さを教えてくれたんです。放課後図書室で、いつも本の話をしてました。本の話だけじゃなくて、他の話も……俺にとっても池永くんは、すごくいい友達でした」
俺はそう言いながら、どこか夢を見ているような、そんな気がしていた。
――そうだ、これは夢だ。夢に違いない。だって、そんなことあり得ない。馨にもう二度と会えないなんて……
「あの……ありがとうございました」
俺は立ち上がった。目の前がくらくらする。これ以上ここにいたら、気が変になりそうだった。
「香山くん、今まで馨と仲良くしてくれて、本当にありがとう」
「失礼します」
俺はソファから立ち上がって、ぺこっと頭を下げると、部屋を出た。スニーカーを急いで履いて家を飛び出す。そのまま走ってバス停まで行き、やって来たバスに乗って家まで帰った。
家に着くと「あら、今日は泊まりに行くんじゃなかったの?」と母親が驚いていたが、俺は何も答えずに階段を駆け上がって部屋に閉じ籠もった。
バックパックの中から、サンタクロースの包装紙の小さな包みを取り出す。バリバリと破いて中味を出すと『泉鏡花作品集』という文庫本が出て来た。表紙を開いたところに、クリスマスカードが挟まれていた。
『メリークリスマス、香山! 僕が一番好きな本をプレゼントします。香山も気に入ってくれたら嬉しいです。ちゃんと感想聞かせてね。来年も仲良くして下さい。馨』
馨の几帳面な文字でそう綴られていた。
「馬鹿やろう……来年も仲良くしてなんて書いて……どうしておまえ俺を一人ぼっちにしたんだよ……」
俺はベッドに突っ伏した。涙が止まらない。悔しくて、悲しくて、胸が苦しくて、俺は獣みたいな呻き声をあげて泣き続けた。
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