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第2話
「お忙しいのにお呼び立てしてすみません」
「いや。生徒のことなら当然だ」
一時間目が終わると、御園 はすぐに直也 の元へやってきた。対面の椅子を勧めて、自分はパイプ椅子に腰掛ける。
「それで、東 のことなんですけど」
御園は彼の名前を聞いて、少し眉間の皺を深めた。彼としても、思う所があったのだろう。
「今朝、日課の挨拶してたらたまたま会いまして……その時に、めちゃめちゃピアスが開いてることに気づいたんです」
「ピアスか……」
「気づいてました? 御園先生」
「いや……髪に隠れて見えなかったな」
「ですよねぇ……俺も、風が吹かなかったら気づかなかったと思いますし。その場で注意したら大人しく外してくれたんで、そこまで問題視するようなことでもないかとは思うんですが」
しかし、と顎に手を当てて考える。校則で禁止されているピアスをわざわざ開けるということは、それなりに何か理由があっての行動ではないのか。
「東の素行はどうですか?」
「目立った問題はないが……一つだけ」
御園が腕を組んで、難しい顔になる。
「三者面談に一度も親が来たことがないんだ。ネグレクト……あるいは、経済的に問題があるか。どちらかだと踏んでるが……」
「ネグレクト、ですか……」
ネグレクト、つまり育児放棄だ。
「しかし、ピアスを買ってる余裕があるなら、経済面は問題なさそうだな。となると……」
「……ちょっと、気をつけて見てもらえませんか。俺も、出来るだけ声掛けするようにしてみます」
「分かった」
ただの行き過ぎたオシャレや自己表現であってほしい。そう願いつつも、彼の身に纏う雰囲気から悪い予感が拭えずにいた。御園から得た情報で、それがハッキリと形を成してしまった。
(頼むから、何事もありませんように……)
生徒が苦しい状況にあるなど、出来る限りあってほしくないし、考えたくない。それに加えて家庭の事情となると、余計に一教師が介入するには手に余る問題だった。今後の対応に頭を悩ませつつ、彼への相談は終了した。
「じゃあ、俺は職員室に……」
「時に御園先生」
「……なんだ」
帰ろうとした御園を引き止める。真面目な話はここまでにして、個人的にどうしても気になっていることを聞き出すことにした。
「……年下の恋人さんとはどこで出会ったんですか?」
案の定、御園は片眉を顰めて、汚い物でも見るような目で直也を見た。
「…………なんでそんなことをあんたに言う必要があるんだ」
「いいじゃないですか〜、貴重な同年代なんですから、もっと仲良くしましょうよ」
これは本音だ。この学校にいる教師の中で、同年代と呼べるのは御園くらいだった。御園の方が多少年上だが、誤差と言っても差し支えないだろう。そんな彼と仲良くなっておいて損は無いと思ったのだ。というかぶっちゃけ、社会人になってから友達がいなくて寂しい。
直也の馴れ馴れしい態度に嫌気が差したのか、御園が不服そうに口を開く。
「……あまり大っぴらにしないでほしいんだが」
「はい」
「……元教え子なんだ」
「……えー! なんか意外ですね!」
いかにも公私は分けるタイプだと思っていたが、意外にも相手は元生徒だった。
「え、どうやって付き合ってたんですか?」
「……卒業するまで、まともに返事をしなかったんだ。相手が待ちくたびれる方に賭けていたんだが……まあ、このザマだな」
「へぇ〜……めっちゃ好かれてるじゃないすか」
「羨ましい……」と思わず声に出してしまった。そんな風に熱烈に愛されてみたいものだ。御園は居心地悪そうに視線をあちこちにさ迷わせている。
「いやぁ、いいっすねぇ。俺もそんな恋人が欲しいですよ……」
「甲斐 先生はフリーか。常に相手がいそうなイメージがあるんだが」
「そんなことないですよ!」
あんまりな発言に目を剥く。まさか御園にまで「チャラい奴」だと思われていたとは心外だ。
「俺は『運命の相手』を待ち続けてるんで〜」
「……そんなのが信じられていたのは一世紀前の話だぞ」
「御園先生は信じてないんですか!?」
「信じてたら今の相手とは付き合ってない」
「そんなぁ……」
肩を落とす直也を、呆れたように御園が見ている。直也は自分でも分かっているが、ロマンチストだった。赤い糸はあると思っているし、一目惚れもしやすい性質だった。
一昔前までは、実際に「運命の番」があるとされていた。一目会っただけで「この人だ」と直感する。そんな相手が、この世に一人だけ存在する、と。魂の片割れとも呼ばれていて、出会ったが最後、どんなことをおいても相手と結ばれる運命にあるのだ。何ともロマンチックではないか。
尤も、その説は数十年前に科学的に検証され、根拠は全く無いと証明されてしまった。今や御伽噺扱いとなり、若年層の間であっても「あったらいいよね〜」と言われる程度のものだった。それを未だに信じている大人は、直也くらいのものではなかろうか。
「……いい加減現実を見ないと、婚期を逃すぞ」
「……ですよね」
分かってはいるのだ。そんな物は所詮、作り話に過ぎないと。それでも運命を求めてしまうのは、直也が救いようのない馬鹿だからなのだろうか。御園が出て行った後、一人になった教室で寂しく溜息をついた。
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