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第6話
その翌朝。東 から相談があると言われ、放課後に時間を取ることにした。生徒指導室で待っていると、扉をノックする音が聞こえた。
「失礼します」
「はーい、どうぞ」
部屋の中央にある椅子に、東と向かい合って座る。
「で、相談って?」
内容は至ってシンプルなものだった。
「一人暮らしを、したいと思っていて」
「へえ。東は確か、バイトしてるんだっけ」
「はい」
時給と大まかなシフトを聞いてみると、この辺りで部屋を借りる分には問題なさそうだ。
「施設は合わなかった?」
直也 が訊くと、東は少しだけ眉を下げた。
「……はい。良い人ばかりなんですけど、それが少し、窮屈で」
その気持ちは直也にも理解できた。周りが優し過ぎると、自分もそうでなければいけないという、強迫観念に駆られがちだ。彼にはそれが重荷だったのだろう。
「そっかぁ。それなら出た方が過ごしやすいよな。この話、御園 先生や朝井 さんとも共有していいか?」
「分かりました」
「問題は部屋だよなぁ。この辺りで良い物件、探してみた?」
「こことか、どうかなって」
「どれどれ。…………ん?」
東が鞄から出した雑誌に目を通す。隅が折られたページを見ると、学校から程よく近い、とある物件の写真があった。その外観と間取りに、見覚えがあり過ぎる。
「ここ……ここな。うん、いいと思うけど……」
目を逸らしつつ、言葉を濁す。何を隠そう、そこは直也が住んでいるアパートだった。
(確か、お隣さんが先月引っ越してったよな〜……)
まさかとは思うが、売りに出されている部屋は、直也の部屋の隣ではないだろうか。もしそうだとすれば、黙っている訳にはいかないだろう。
「……あ〜、あのな。一応教えとくと、俺、実はそこに住んでるんだ」
「そうなんですか?」
東がぱちくりと目を瞬かせる。どこか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「部屋の広さも一人暮らしにはちょうどいいし、バストイレ別だし、築年数もそこまで経ってない。学校からも近いし、いい条件だよな」
「先生はもっと良い所に住まないんですか?」
「……その為の貯金をしてんの、今」
全体的に可もなく不可もなく、といった評価のこの部屋は、大人の男が一人暮らしするには少し粗末なのが正直な所だ。もう少し、金銭的に余裕が出来たら別の部屋を借りようと思っていたのだが、なかなか金が貯まらないので現状に甘んじているという訳だ。東が頷いて、雑誌をしまう。
「……先生がいるなら、ここにします」
「え、普通嫌じゃない? 教師と同じ建物で暮らすの」
俺だったら絶対やだ、と思わず零すと、東は目を細めた。
「甲斐先生ならいいです」
「……そう?」
(まあ……俺ってあんまり先生っぽくないからなぁ)
自分で言っておいて少し悲しくなったが、生徒に好かれているのは別に悪いことではない。
「これからよろしくお願いします、先生」
「うん、よろしく」
東がぺこりと頭を下げる。直也も笑って頷く。何だかんだ言って、少し楽しみになっているのは隠しようがなかった。
その翌週、言っていた通り、直也の隣に東が引っ越してきた。荷運びを手伝おうかと申し出ると、「そんなに無いので大丈夫です」と丁重に断られた。施設から持っていく私物はそこまでないのかもしれない。見た感じでは、ダンボールが二つしかなかった。
「じゃあ、元気でね。またいつでも連絡して」
「はい。ありがとうございました」
「甲斐先生、東くんをよろしくお願いします」
「ええ、任せてください」
車を出してくれた朝井は、最後まで心配そうにしながら帰っていった。
「念願の一人暮らしだな」
「はい」
東は目に見えて浮き足立っている様子だった。微笑ましく見つめつつ、自分の部屋に戻ることにする。
「何か困ったことがあったらいつでも来いよ」
「ありがとうございます」
最後にそう言い残して、部屋の扉を開ける。明日は久々に休みだ。たまには酒でも飲もうかと、冷蔵庫の中身を思い出しながら部屋の中に入った。
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