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第11話(※)

(あずま)の発情期は一定周期ではなかった。 普通のオメガなら三ヶ月周期の所を、彼は一ヶ月に一度、しかもその間にも誘発性のヒートが度々起こり、大体一週間に一度はヒートが来る始末だった。その度に直也(なおや)は仕事終わりに彼の部屋を訪れて、彼を抱いた。 「あっ、先生、せんせぇっ」 四つん這いになった彼の腰を掴み、そそり勃った性器を出し入れする。罪悪感はとっくに麻痺していた。彼には自分が必要なのだと言い聞かせることで、行為を正当化していた。 「東、今日の授業、真面目に聞いてなかっただろ」 「うぅ、ごめ、なさいぃ」 「ダメだぞ。折角成績良いんだから、落ちたら勿体無いだろ?」 「んっん、きをつけまひゅ、うぅ〜っ♡」 説教を挟みながら腰を動かすくらいには、この異様な関係に慣れてしまった。今日のヒートは誘発性で、短く済むのが幸いだった。 「もう東の良い所、分かってきた」 「ああっ♡あんっ、そこぉ♡ひぃんっ♡」 「っ、ほら、もうイきそうだろ、東」 「あーっ♡はっはっ♡イくイく♡イくッ♡♡」 直也が弱い所を責め立てると、数秒と持たずに達した。ドロドロになった中から性器を引き抜く。東の身体が、支えを失ってべしゃりと布団に沈み込んだ。伏せったまま、東が甘ったるい声で直也を呼ぶ。 「せん、せぇ……」 「どうした?」 「まだ、おなか、ジンジンします……」 「…………しょうがないな」 ヒクヒクと戦慄く秘所に、未だ硬度を保っている自身をゆっくりと突き入れる。粘膜に擦れるたびに中がきゅうっと締まって、東が堪らないように腰を捩った。 「あぁあ、せんせ、きもちい、せんせぇ」 「はあー……東、何回イったか覚えてるか?」 「んぅ、分かりま、せ……♡」 「4回。俺、まだ1回もイってないのにな」 「いぁっ♡はうぅ、ごめんなひゃいっ♡」 上から腰を押し付けて、抉るように腰を回す。東の両脚がピンと張って、シーツを握り締める手にぎゅうっと力が入った。 「あ゛ぁ♡あああっ♡ゃめ、らめなの♡それぇっ♡」 「“いい”の間違いだろ? まだイっちゃダメだよ、東。我慢して」 「ひんっ♡むりむりむりっ♡イきたいっ♡」 中のうねり方は完全に達する直前のそれで、直也はピタリと動きを止めた。東が腰を震わせて、喉の奥で唸り声を上げる。 「ううぅーっ♡先生、先生おねがい♡もうイきたいれす♡」 「我慢できない? 無理?」 「むり、むりぃっ♡」 「分かった。イっていいよ」 「あ゛あぁ――ッ♡♡あっ♡はあぁ♡」 本当に気力だけで堪えていたのか、一突きしただけで東は激しく身体を痙攣させた。強い締め付けに限界がぐっと近づくが、まだ直也は射精にまで至らなかった。 「は……は……っ♡」 「……ヒート、終わった?」 うつ伏せで動かなくなった彼に問いかける。首が弱々しく動いて、髪の毛がパサパサとシーツに散った。 「まだ……だから、先生……中で、イってください……」 「……本当に?」 先程までと比べると、随分呂律がしっかりしている。声のトーンも少し落ち着いているし、ヒートは既に終わっているように見えた。しかし東は頑として首を縦に振った。 「ほんと、ですから……っ、ね、僕の中で、気持ち良くなって、先生」 縋るような声音で懇願されてしまっては、断るのも可哀想になってくる。ヒートの時だけという約束を違えるつもりはなかったが、彼の言葉を信じて、続きを再開した。 「んっ、あ、あぁ、う」 「ふ……っ、東、東……」 パチュパチュと淫らな水音が繋がった箇所から響く。ヒクヒクと震える身体を押さえつけて、腰を激しく叩きつけた。 「ひぁ、う、うっ、ン」 (やっぱり、ヒート終わってるよな……) 嬌声の質が明らかに違う。本能に支配されて身も蓋もなく鳴き喚いていた彼と、今のすすり泣くような声で喘ぐ彼とは、まるで別人のようだった。分かっていながら行為を続ける自分は、どうしようもないクズだ。 「……っは、東、イく、っ」 「んぁ、はっ、あ、あぁ……っ」 長い射精が終わって、東の中から陰茎を抜く。何だか頭がぼーっとして、息を整えながら東を上から見下ろした。晒された彼の項に薄い歯型を見つけて、突然胸を引っ掻き回されたような感覚に襲われた。 (っ、何) ぞわ、と嫌悪感で背中の毛が総毛立つ。そこに歯型がある事実を、体が本能的に拒絶しているようだった。 (なんだ、無性に……気持ち悪い? 違う、イライラする……) それを視界から消したくて、項に手を伸ばす。指で窪んだ痕をなぞると、東の肩がぴくりと跳ねた。片目が直也を視界の端に捉える。 「先生……噛んで」 思わず息が止まった。ドクドクと心臓の音がうるさく響く。もう既に噛まれてしまったそこを、今さら直也が噛んでも意味など無い。それなのに、東は項を噛めと言う。 「上書き、して……」 ボロ、と涙が瞳から零れ落ちる。気づけばその場にかがみ込んで、彼の項に歯を立てていた。 痩せこけてほとんど皮膚しかない首に、直也の歯が食い込む。プツ、と肌が裂けて僅かに血が滲んだ。鉄の味が口の中に広がって、同時にえも言われぬ感覚が全身を支配する。幸福感、に近かった。 「あ、あ……ァ」 ぶるぶると下敷きになった身体が震えている。口を離すと、薄い歯型の上に出来た真新しい噛み傷がよく見えた。 (……番、だな) 漠然とそう思った。そんな訳はないのに、今ここで彼と番になったような気がした。東がよろよろと体を起こして、直也に抱きついてくる。 「先生、ありがとうございます、大好きです、先生、先生……っ」 泣きじゃくりながら必死に愛を伝えてくる彼に、ちゃんと応えることも出来ずにいる自分が情けない。 (ちゃんとしなきゃ、駄目だよな) 彼の背中を叩きながら、直也は決意した。この名前の無い関係に、終止符を打つ。誰に蔑まれようと、常識知らずだと罵られようと、構わなかった。彼を救えるのは直也しかいない。ハッキリと確信を持っていた。 「東」 肩を掴んで体を離す。赤い目が直也を不安げに見上げた。地獄に落ちる覚悟は出来ていた。 「付き合おう、俺達」 東はひゅう、と息を吸って、再び大声を上げて泣き始めた。

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