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第4話

――――誠に申し訳ございませんでした!」  全裸の夏樹が床に頭をつけて見事な土下座をしているので、その頭を軽く踏んでおいた。ベッドに座ったままだから体重はそれほど乗らない。本気で踏んで死なれたら困る。夏樹は大切なパートナーだ。  踏みつつ、横を見る。ベッドには使用済みのゴムが4個落ちていた。 「3回までって言いましたよね?」 「だ、だってぇ、小焼が『まだ』って言うからぁ!」 「だからって、ヤり過ぎだばか!」 「痛い痛い痛い痛い!」  けっきょく、7回ヤッてる。  円座クッションを買っておいて良かった……。尻が痛い。  あんまり踏み過ぎると『ご褒美』になるから、このくらいでやめとくか。  足を退けても床にめり込みそうなくらいになったままなので、頭を掴んで持ち上げてやる。 「いだだだっ! ハゲるー!」 「お前の毛根なら何度でも甦るでしょう」 「無理だってぇ! 父ちゃんの頭薄くなってきたからぁああ!」 「痛がるか感じるかどっちかにしてもらえませんか?」  まだ勃つのか……。あきれて何も言えない。  私は手を離す。夏樹はへにゃっと笑いながら頬を掻いていた。  ベッドがどろどろだ。……シーツも洗わないとな。洗濯機の動作音が聞こえていたから、夏樹が気をきかせてくれたんだろうが、こんなに汚れ物が増えるとは思わなかった。  尻が痛い。切れたんじゃないかって思うが、自分では見れない。 「夏樹。尻が痛いんですけど」 「わりぃ。診るよ」 「変なことしないでくださいよ」 「わかった! しない! 絶対しない!」  こう言うから、もうシないとは思う。  見せないと診れないから仕方ないが、このポーズはさっきまでヤッてたのと変わらないので、少し気恥ずかしい。  太腿を何かが滑る感覚がした。中に入っていたローションが出てきたようだ。なんだこれ、ゾワゾワする。 「切れてはなさそうだけど、なんか傷薬でも塗っとくか?」 「もう良いです」 「そっか。んー、それにしても、この眺めすげぇエロ、痛っ! 蹴るなよ!」 「変なこと言うからでしょうが」  思ったよりも後ろにとんでいったので少し驚いた。  気を付けないと……離れていく。傷つけたら、離れていくから……気を付けないと……。  夏樹なら、それを心配する必要も無いかもしれない。でも、こいつだって、痛みがあるし、傷つく。他人の痛みを引き受けて勝手に落ち込むようなやつだから……優し過ぎるやつだから……ばかなくらいに。 「小焼どうかしたか?」 「なんでもないです……。シーツ替えるんで、手伝ってください。このままだと寝れない」 「おう! おれが替えるから、おまえは休んでてくれ。動くのもやっとだろ?」 「誰の所為だと思ってんですか」 「おれだな!」 「はぁ」  ベッドから下りる。すぐに夏樹が散らかったものを片付け、枕と掛け布団を下ろし、シーツを剥がした。新しいものは部屋の隅のボックスに入れてある。言わなくても勝手がわかっているので、取り出して敷いていた。……しわの寄りがすごい。 「もう少し綺麗に敷けないんですか」 「けっこううまくできたと思ったんだけどな?」 「大雑把過ぎるんですよ。なんですかこれ、足元まで届いていない」 「げっ! ほんとだ!」  やりなおし。今度はさっきよりかは幾分ましにはなったが、しわがある。ピンと張ってもらいたいところだが、やってもらっているんだから、何も言わないでおこう。  シーツを抱えて部屋を出て行く夏樹を見つつ、ベッドに寝転がる。防虫剤の香りがする。久しぶりに普通のシーツだな。……夏樹に「セックスしたい」と言われてから、ずっと防水性のものだったから……、なんだか腹の奥が縮まる感じがした。妙な気分だ。  洗濯機の動く音がする。洗い終わった物は洗濯かごにでも入れてるんだろうな……。干すほど気が利いてるかどうか。すぐに戻ってきたから、干してないな。 「洗ってきた!」 「それはどうもありがとうございます」 「服着ねぇのか?」 「動くのが面倒臭いから、このまま寝ます。夏樹は勝手にそこから服取ってください」 「小焼がマッパなら、おれもマッパで寝る!」 「そうですか」  夏樹は当然のように隣に来て、私の腕を枕にする。にこにこ笑顔だ。何がそんなに嬉しいのかわからないが、嬉しそうにしている。押し付けられた下半身が熱い。 「もうシないですよ」 「うん。わかってんだけど、ごめん。おさまらねぇんだ」 「チン冷却してきたらどうですか?」 「でもさ、小焼と寝るならすぐに勃つと思う」 「私は寝ますからね。おやすみなさい」 「おやすみー」  目を閉じる。心地良い脱力感がする。腕の中のぬくもりが愛おしく感じる。これが女じゃなくて男なのも、周りからしたらおかしいのかもしれない。  今日は同じシャンプーを使っているはずなのに、夏樹の髪から私とは違う香りがする。夏樹の香りがする。落ち着く。あったかい。汗の匂いがする。乱れた呼吸音が聞こえる。ひとりでシてるのか。まだ足りなそうだったものな。名前、呼んでるな……。普段より低くて、色気のある、熱っぽい声だ。腹の奥に響く。むずむずする。しかし、もう付き合いきれない。 「小焼っ……、小焼ぇ、……っ!」  声が大きくなってきている。水音まで聞こえる。かなり興奮しているんだと思う。頭上で物音がする。ティッシュを取ったんだな。息が詰まった。出したらしい。ポスッと小さく音がした。「おしい!」と言ってるので、ゴミ箱には入らなかったようだ。 「えへへっ、好きぃ。おやすみ小焼ぇ」  とてつもなく間抜けな声をかけられた。猫なで声というものか。すぐに寝息が聞こえてくる。寝つきが早い。そのまま私も夢に落ちた。  翌朝。尻は少し痛むが、昨夜程ではない。日課のジョギングはできそうだ。  体を起こす。隣に夏樹はいなかった。起きたのか? それとも、ベッドから落ちたか? 「おはよう小焼!」 「早起きですね。おはようございます」 「いつもまめたの散歩すっから目が覚めたんだ。おまえは今からジョギングだよな? おれ、朝メシ作っとくよ。今日こそは成功する気がするんだ!」 「じゃあ、お願いします」  シャワーは帰ってきてから浴びるか。どうせ汗をかくんだから、このままでも良い。  夏樹は裸にエプロンをしている。安全性が皆無だ。熱湯をかぶらなければいいが、少し心配だ。  朝食は夏樹に任せておいて、ジョギングを始める。早朝の住宅街は静かだ。小鳥のさえずりや風が葉を揺らす音ぐらいしか聞こえない。たまに早起きの家からテレビの音が微かに聞こえる。天気も良いし、気持ちも晴れ晴れする。ただ、尻は痛い。  近くの公園では、あちこちに犬の散歩の人々が見える。私も散歩させれば良かったな……。 「あー! 小焼ちゃんおはよー!」 「おはようございます」  ふゆとまめたが駆け寄ってきた。どちらかといえば、まめたがふゆを引き摺るように駆けてきた。はっはっと息を吐いているまめたを撫でてやる。巻いた尻尾を左右に元気よく振っている姿がかわいらしい。眉模様をぐりぐり押しても嬉しそうに尻尾を振っている。夏樹と似ているな、本当に。 「お兄ちゃんは?」 「家で朝食を作ってます」 「お兄ちゃんいつもトースターを爆発させるけど、大丈夫かなぁ……」 「本人がやる気満々だったので」  いつも爆発させるってどういう状況なのか気になるが、触れないでおこう。きっと爆発させているんだ。そのままの意味で。  キッチンが大惨事なっていても、わかっているのに任せた私の責任だから、仕方ない。今日ぐらいは許そう。そして、次回からは絶対にキッチンに立たせない。  ふゆはニヤニヤしている。 「小焼ちゃん、その、首のはー、キスマーク?」 「あぁ……。多分そうですね」 「えっちなことした!?」 「聞いてどうするんですか?」 「気になるもん! ねえねえ、どこまでしたの!?」  そういえば、夏樹が何か言っていたような気がする。ふゆにセックスとかなんとかの話はしないでくれって。  目の前でワクワクしている少女をどうすれば良いのか。考える。殴るか? いや、女の子を殴ってはいけないと母に言われた。蹴るのも駄目だ。どうする? 逃げるか? いかなる時も困難に背中を見せるなとは父に言われた。  どこまでしたかを聞かれているのだから、どこまでか教えれば良いのか? しかし、基準がわからない……。なんだか足元があたたかい。視線を落とす。まめたが私の脚に粗相していた。 「ふゆ。まめたが……」 「あー! まめたー! 小焼ちゃんは電信柱じゃないよぉ! めっ!」  ぺちっ、と叩かれたまめたはしょんぼりした様子だ。やっぱり夏樹に似ている。靴も濡れたから帰るか。夏樹に洗わせよう……。踵を返して駆け出す。ふゆが後ろから「またお話聞かせてねー!」と叫んでいるので挙手して返しておいた。  家に戻る。庭にシーツと服が干してあった。夏樹がきちんと干してくれたようだ。……ちょっと寄っているのは何も言わないでおこう。  ドアを開く。首輪を持った夏樹が立っていた。 「お、お、お、お、おかえり!」 「首輪つけてこのままお散歩しますか?」 「し、しない!」  大きな目が涙で潤んでいた。裸にエプロン姿のままだ。このまま庭で洗濯物を干していたのかと考えるとこいつの神経を疑いたくなる。首輪を取り上げ、つけてやった。呼吸があがっている。 「服をきちんと着ずに、裸にエプロンで庭に出るくらいなんですから、首輪つけてお散歩しても平気でしょう?」 「だ、だめだって。犬の散歩してる人もいる時間だし……」 「そうですね。お前も犬のふりしたらどうですか? 四つん這いで」  首輪にリードをつけ、引っ張る。抵抗しない。さっきよりも目が潤んでいるし、息が乱れている。エプロンの下側にシミができている。足に白濁が滴り落ちていた。 「触ってもないのにイッたんですか、変態」 「うぅ、だってぇ……」 「言い訳は良いので、さっさと四つん這いになったらどうですか」 「ふぇっ!? で、でも、この時間じゃ、犬の散歩してる人もいっぱいいるし……見られたら……」 「と言いつつ、期待してますよね?」  リードを更に引いて、顔をつきあわせる。夏樹の顔は紅潮していて、涙で目が潤んでいる。息も乱れたままだ。そのまま噛みつくように唇を重ねた。押し付けられた腰がひどく熱かった。 「小焼っ、おれ……」 「シャワー浴びたら朝食にしますんで、それまでに私の靴を洗っておいてください。まめたにおしっこかけられました」 「えっ、あ、ふゆに会ったのか!? まめたがごめん! わかった!」  首輪とリードを外して、夏樹の横を通り過ぎる。  散歩はまた今度にしよう。ジョギングシューズが湿っていて気持ち悪い。それと、走っている間にローションが出てきて、変な気分だ。  裸にエプロンのまま、靴を履いて出ていったが、あいつは大丈夫か? まあ、それほど人通りも多くないから良いか。庭で洗うなら外から見えないし。

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