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第7話

「コースメニューあるけど、これにすっか?」 「いちいち来てもらうのも申し訳ないですから、タコのカルパッチョ、バルバリー鴨のロースト。デザートに白イチジクと松の実・リコッタチーズのカッサータにします」 「何か呪文唱えた?」 「唱えてないです。私は決まりましたので、夏樹も早く決めてください」 「あーい」  メニューをじっくり見る。文字だけだから、どんな料理かさっぱりわかんねぇし、ナポリタンが無い。えー、何が何か全然わかんねぇ。かろうじてわかるのが、見出しだけだ。チーズの盛り合わせとワインを頼んだら超オシャレな気がすっけど……、おれ、運転するから飲めねぇな。小焼に運転してもらうか? 「なあ小焼、ワイン飲んで良いか?」 「飲んでも良いですが、私が運転したらどうなるかわかりますか?」 「え。なに、おまえ、全員轢き殺していく感じ?」 「それを夏樹が治療していく流れになりますね」 「やめてくれ! 飲まねぇから!」  普段バイクだから車の運転は自信が無いって言いたいんだろうけど、めっちゃくちゃ怖い。本当に轢いていきそうな凄みがある。怖い。  小焼は腹減ってイライラしてきたようだ。爪をガジガジ噛みだしたので、テーブルに乗ってる呼び出すやつを押した。これ、名前あるよな、何て名前か知らねぇけど、呼び出しクンか?  店員さんが来てくれたから、小焼はすぐにさっきの呪文のようなものを注文していた。おれ、何にするか考えてなかったんだけど、どうしよ、これで良いか。 「イカスミを練り込んだタリオリーニとチーズの盛り合わせお願いします」 「はい。少々お待ちくださいませ」  タリオリーニが何かわかんねぇけど、かっこいい音の響きしてたから頼んでみた。イカスミを練り込んでるくらいだから、めちゃくちゃ甘いものが出てくるとかはないはずだ! たぶん。 「タリオリーニが何かわかってないですよね」 「おう。かっこいいから選んだ!」 「……パスタです」 「へぇ、パスタか。ナポリタン食いたかったから、ちょうど良いな」 「はぁ。まだ言いますか。ナポリタンは日本料理ですよ。そして、タリオリーニは平打ちのパスタのことです。特徴は噛み応えが良くて喉ごしが良いこと。あとは幅広ですから、ソースとの絡みも良好ですね」 「そうなのか。小焼って何でも知ってんだな?」 「イタリアで食べたことがあります」 「おまえ、何か国行ったことあんの?」 「数えてないからわかりませんが、日本に来るまでにけっこうな数を廻りましたね……。美味しい料理が食べられる国が良いです」 「ほーん」  欲しいものが、良質な睡眠、美味しい食事、豆大福、おれだもんなぁ……。おれなんだよなぁ。思い出して嬉しくてニヤけてしまう。小焼は仏頂面で水を飲んでいた。あー、水飲んでるだけなのに、好きぃー! 「ところでなちゅちゃん」 「急にその名で呼ぶなよ。びっくりするだろ! で、何だ?」 「この後はどうしますか?」 「買い物は終わったし、他にどっか行きたいとこあっか?」 「特に無いです。お前は?」 「んー、おれも特に……あ、いや、ある! 指輪! 指輪買いに行こう! ペアリングしたい!」 「メリケンサックなら喜んでします」 「冗談か本気かいまいちわからないこと言わないでくれ」  九割本気にしか聞こえねぇし。メリケンサックで殴られたら、おれは一瞬で他界しちまうだろ。異世界転生モノでも始まるのかっての! 言えねぇけど!  これは遠回しにペアリングを断ってる態度だ。……あ、そっか、小焼は左利きだから、左手に指輪したら……、殴られた時におれが死ぬ。おれの命を思って断ってくれてるのか……? なんて優しいんだ。不器用な優しさに心がぎゅっとなる。あー、もう、好き。大好き!  でも、何かペアなやつ欲しいなぁ。せっかくだし、こう、おれが死なずに済みそうな……。 「じゃあさ、プリクラ撮ろうぜ!」 「プリクラコーナーは、男性のみの入場禁止ですよ」 「何言ってんだ? おまえの目の前には、バエスタグラムで超人気の、スーパーウルトラハイパーキュートなカリスマ女装モデルのなちゅちゃんがいるんだぞ!」 「喋らないほうが良いですよ。イメージダウンになる」 「……辛辣(しんらつ)!」 「まあ、良いんじゃないですか」 「よーし。そんじゃ、食い終わったら、ゲーセン行こうな!」  話をしている間に料理が届いた。小焼の目の前には、めちゃくちゃオシャレな料理が並んでいた。すげぇ、オシャレ過ぎて何が何だかわかんねぇ。彼は手を合わせて挨拶してから食べ始めていた。  おれの前には、真っ黒いパスタだ。イカスミが練り込んであっから、黒いんだな。 「闇より現れし漆黒のスクイッドとかどうだ?」 「急に何の話ですか? 中学二年の時に患った病が再発したんですか?」 「おれが悪かったから、蔑んだ目をやめてくれ。ゾクゾクする」 「はぁ」  ため息を吐かれた。あきれてる。わかる。すげぇわかる。  パスタを口に入れる。美味しい。イカスミの味が濃くて、喉ごしも良い。なんか、すげぇ美味い。小焼も嬉しそうに次々食べていってるし、見てるこっちも嬉しくなる。来て良かった。  昼メシも終わってゲーセンへ向かって歩く。こんなに賑わってる街に来たのは久しぶりだ。繁華街からちょっと離れたら閑静な住宅街だし、もっと離れたら田舎だし、おれらが普段いるのはどちらかというと田舎って言われるとこだから……、賑わってんのが楽しい。小焼は人混みが苦手だけど、おれは人がいないと寂しいし、怖いから、こっちのほうが好きだ。  通りすがりのロリータの子やらパンク系の子、サブカル女子、地雷系、量産系、色んな子がおれに手を振ってくれる。おれ、認知度高くねぇか? 「なあ、おれのバエスタってどんだけフォローされてんの?」 「192万6521人です」 「そんなにいんの!? え、おれ、超人気じゃん!?」 「なちゅちゃんのクソダサいダブルピースを真似る女子高生もいるそうです。一周回って可愛くなったんですかね」 「クソダサいって言うなよ……傷つく」 「ハッシュタグなちゅなちゅピースですよ」  小焼は立ち止まってバエスタの画面を見せてくれた。本当に『#なちゅなちゅピース』だ。女子高校生に真似されてる……おれ、すげぇ。  なんやかんやと話しつつ、ゲーセンに着いた。プリクラコーナーの入り口には『男性のみ立入禁止』『カップル大歓迎』と書いてあった。おれと小焼はカップルだよな。良いよな? 店員さんがこっちをじーっと見ている。おれ、女装してるし、『カワイイ』はずだから、このまま通れねぇか? 無理か? 「あのー、すみませーん」  声をかけられたので立ち止まる。やっぱりこのまま通れねぇか……。 「なちゅちゃんですよね? バエスタフォローしてます!」 「あ、ありがと……」  そっちかぁ! そんな気もしてた! 笑顔で通されたし、コスプレも勧められた。セーラー服とかメイド服とかあるなぁ。おっ、これ、ふゆが言ってた『ブレインアンダーグラウンド』のキャラの衣装だ。ふゆに見せられてアニメの第1クールまでは履修したからわかる。今は第2クールを追っかけてる。あと五話見たら最新話まで追いつく。 「小焼。コスプレしてみっか?」 「サイズが合わないですよ。バニーの」 「どうしてバニー服着ようと思ったんだよ。おまえの基準はいったい何? え、バニー着たかったの?」 「たまたま目についただけです」  目についただけでバニー服選ぶかなぁ、普通……。  小焼がバニー着たら、おっぱいが良い感じに、こう、良い感じになりそう。美脚だし、良いんじゃねぇの? と思ったけど、サイズが無い。そもそも、男物じゃねぇから、はみ出そう。小焼のちんこ、ご立派様だし。毛は出ねぇけど、ポジションに困りそう。 「ブレアンのキャラのコスもあんぞ。おれ、魔導士のダウナーちゃんが好き」 「ああ、あの巨乳の子ですか。先週死にましたよ」 「ネタバレすんなよ! おれ、まだ見てねぇんだから!」 「それはすみません。たまたま朝食の時に見たので」  水曜日の深夜にやってるアニメだから、小焼は木曜日の早朝扱いしてるだけで、夜食だと思う。言えねぇけど!  急に推しキャラが死んだネタバレをされて、先を見る勇気が無くなってきた。おれの記憶の中で、ダウナーちゃんには生き続けてほしい。  そういえば、ふゆも推しキャラが死んだって言ってたな……。ふゆの好きになるキャラ、だいたい途中退場しちまうんだけど、あいつ、死神か?  で、けっきょくコスプレはせずに、テキトーにプリクラ機に入って、テキトーに撮影した。ラクガキのオシャレなやり方を知らねぇから、すんごいスタンプ押しまくった。小焼が絵を描いたけど……何だかよくわからない。美術は苦手だって言ってた気がする。デザイナーの息子とは思えないくらい絵心が無いけど、画伯だ。  撮影データをスマホに送って、アドレスはふゆに転送しておいた。あいつは有料会員だから、撮影データを全保存できるはずだ。ネタ提供になっから、それくらい貢献して欲しい。  ほら、すぐに『尊い』ってスタンプとさっきのデータが全部送られてきた。あと、メッセージだ。 「けいちゃん、アイドルのオーディション合格したってよ!」 「あの事務所だとセクシー女優になりませんか?」 「大丈夫じゃねぇの? 親にも許可取るはずだし」  未成年者だから、親権者の許可が必要なはずだ。けいちゃんのこれからの活躍に期待! 恥ずかしがり屋で泣き虫だけど、可愛いし歌が上手いらしいから、なんとかなるだろ。たぶん。  ふゆにはテキトーなスタンプで返信して、小焼とのデートを続行する。近くにアニメグッズのショップがあるので、ついでに覗いていくことにした。  店内のあちこちにコスプレスタッフがいる。可愛い子からかっこいい子まで様々だ。 「夏樹、あそこに巨乳の子がいますよ」 「おっ! ほんとだ! ダウナーちゃんコスだ!」  おっぱいがぽよんぽよん揺れている。近くで見たい! それとなく近付いてみる。  ダウナーちゃんは金髪で緑色の目の褐色肌のギャル魔導士だ。胸には夢と希望と魔力が詰まっている設定。だから、おっぱいがおっきい。胸元を強調するようなデザインだから、コスプレだと、すんごいおっぱい……。ぽよんぽよんおっぱいだ。詰め物なのか自前なのかどっちだろ? 「あんた、あたいの胸ばっか見てんじゃないよ!」 「ぴえっ!? ごめんなさい! あ、あれ? はる?」 「ん? あ、あんた、夏樹か! え、なちゅちゃん? え?」 「知り合いですか?」 「知り合いって言うと知り合いになっかなぁ、えーっと、ほら、おれが過呼吸起こしてた時に助けてくれた巨乳のギャル。おれの元カノの姉ちゃん」 「ああ……。巨乳のギャル……」 「あんたら、あたいのことを巨乳のギャルで覚えないでくんなよ!」 「ぁ痛っ!」  頭をべしっと叩かれた。客を叩いてくる店員ってどうなんだよ! 今のは確かにおれが悪いけど!  はるの胸元の名札には『春日』と書かれていた。これがお店での、っていうか、コスネームってやつか? ふゆがコスプレイヤーさんに名刺を貰った時にコスネームって書いてあるから、きっとそれだ。 「えーっと、春日は、ここでバイトしてんの?」 「そうさ。夜はガールズバーの掛け持ち」 「忙しいですね?」 「うちは片親だからねぇ、学費も食費も稼がなきゃなんないのさ。アニメはけっこう好きだから、こういうとこで働くの楽しい。で、なちゅちゃんは何? デートってやつ?」 「あー、まあ、そうだなぁ……。デートって認識してくれんのな? しかもその呼び方かよ」 「その服装だと、なちゅちゃんのほうが良いさね。あーんな騒動起こしてんだから、デートにしか見えないよ」  なまあたたかい目で見られるようになったあの騒動のことだな。  はるは品出し中のようで、本を棚に並べながら話を続けてくれている。動く度におっぱいが揺れて最高に眺めが良い。ダウナーちゃんの衣装ってやっぱりエロいな。 「胸ばっか見ないでくんな!」 「いてててっ!」 「この本は何ですか? ブレアンですよね?」  おれがはるに頬を抓られている間に、小焼は棚から本を取っていた。表紙がエロい。これ、同人誌だ。ボーイズラブってやつだ。この絵見たことある。ふゆの部屋にあった! ふゆの好きな作家のやつ! キスまでしか描いてないのに、すっげぇエロく見えるやつだ! 「これはブレアンの二次創作のベスシンだよ。地下世界の警察隊長のベースと主人公のシンタローのカップリング。シンタロー受けがやっぱり人気みたいだよ。あたいは、ベース受けも好きだけど」 「受けって何ですか?」 「あり? わかんないかい? あんたら、どっちがどっち?」 「おれは攻め」 「じゃあ、あんたは受け」 「私が、受け……?」  そういや、小焼にタチかネコかの話もだけど、攻めと受けの話もしてなかったな……。勝手に調べてるかと思ったけど、そこまで辿り着いてなかったか、途中で飽きたか、忘れてたかどれかなんだろうなぁ。  警察隊長のベースはけっこう筋肉質でガタイが良い。そのベース受けも好きって言ってる彼女は……けっこう強いと思う。ふゆと仲良くなれそう。 「とりあえず、スタッフの人気投票やってるから、あたいに投票してくんな。あたいの時給が上がるからお願いだよ。バエスタもフォローして! あ、なちゅちゃん、一緒に自撮りしてアップして良いかい? 頼むよ!」 「あ、うん。自撮りぐらいなら付き合うけど……」 「じゃあ、なちゅなちゅピースで!」 「なちゅなちゅピース……」  小焼が蔑んだ目をしてる。ゾクゾクしてくる。はるのおっぱいが腕に当たってるし、なにこれ、おれ、死ぬの? ご褒美? なんか、ご褒美いっぱい貰ってる感じ?  

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