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第8話

 夏樹と巨乳のギャルが自撮りをしているので、私は邪魔しないように本棚を眺めていた。  ここは同人誌コーナーのようだ。ふゆの手伝いで漫画のトーン貼りをしたことがあるから、なんとなくわかる。原稿用紙ごと切ってしまって、テープを貼った。夏樹はベタ塗りをしていたっけな……? まあ、どうでも良いか。  何も考えずに見本シールの貼られた本を裏返す。……性器に黒い線が入っている。R18本だった。こっちが攻めで、こっちが受け。覚えた。つまり、私はこの本でいうところの受けに該当するのか。 「小焼、それ買うのか?」 「いえ。内容が気になったので……。けっこう高いんですね」 「自費出版だからねぇ。薄くて高い本ってよく言うよ」  巨乳のギャルが品出しをしつつ返答してくれた。夏樹も棚に並ぶ本を手に取って苦笑いをしている。 「どうかしました?」 「んー、いや、この作者、ふゆの知り合いだったかなぁって思ってさ」 「ふゆも漫画描きますもんね。いつかこういうの作るんじゃないですか?」 「表に出さねぇだけで、けっこうエロいの描いてんぞあいつ。おっきいおっぱいの姉ちゃん描いてくれって言ったら金取られた」 「それは労働に見合った報酬を準備してやってください」 「しかもすんげぇ上手いんだよなぁ、あいつ……」  そう言いつつ、夏樹はスマホを見せてくれた。金髪巨乳の黒ギャルのイラストだ。妹に何を描かせているんだこの『お兄ちゃん』は。  それだけ仲が良いということなんだろうが、こんなにエロい絵を女子高生に描かせて良いのか……。胸しか露出していないから良いのか? 「なちゅちゃんの妹って絵描きなんだねぇ?」 「おう。こういうの描いてる!」  金髪巨乳の黒ギャルのイラストを巨乳のギャルに見せる勇気は褒めてやっても良い。  予想通りに叩かれたが、あそこまでいくとわざとのようにも見えてくる。わざと叩かれにいってないか? なんだか腹が立つな。 「あんたの妹、絵がすごく上手いね。あたいの好きな絵柄してるよ。名前は?」 「秋ノ次冬夜だ。えーっと、作品ページは、っと……」 「あんた、冬夜のお兄ちゃんなのかい!?」 「え、え、なに? 知ってんの?」 「あたい、冬夜のファンなんだ! 次のイベント新刊も楽しみにしてるって伝えててくんな! 絶対買いに行くから!」 「お、おう。わかった……」  よくわからないが、まだ話をするんだろうか……。そろそろ別の場所に行きたい。汗と熱気が不愉快だ。夏樹のスカートの裾を引っ張る。すぐに気付いて話を切り上げてくれた。  アニメグッズのショップを出て、道を歩く。 「いやぁ、まさかふゆのファンがいるなんてなぁ」 「お前もふゆも人気者ですね」 「あはは、そうみたいだな。おれはともかくとして、ふゆはすげぇよ。小学校の時に『絵が下手』って笑われて、イジメっぽいことされたのが悔しくって、ずーっと練習して、描いて描いて描きまくって、ここまで皆に褒めてもらえるようになったんだ。ああ見えて努力家なんだよ、あいつ」 「夏樹もそうでしょう?」 「おれはダメダメだな。何しても空回りするっつーか……、裏目に出るって言うか……、今も『なちゅちゃん』が人気なのは、小焼の母ちゃんのデザインのお陰であって、おれ自身がどうのってわけじゃねぇし。おれはただ与えられたものを受け取ってるだけって言うかさ……、うーん、なんて言ったら良いのかなぁ、あはは、わかんなくなってきたや」 「……少し疲れましたね」 「ん。そんじゃ、喫茶店でも入っか?」 「帰りたい」 「人酔いしたか? 大丈夫か?」 「大丈夫です」  買い物も終わったし、用事は全て済んだ。あとは帰るだけ。人が多いところは苦手だ。行列も苦手だ。美味しい料理以外で並びたくない。タピオカやバナナジュースならまだ並んでも良い。美味しいならば。  駐車場に戻り、車に乗り込む。日差しで車内は蒸し風呂のようになっていて気分が少し悪くなった。窓を全開にして走ることですっきりしてくる。タバコの煙もすぐに流されていく。そういえば、今日はずっと吸っていなかったな……。街にいると逆に吸えなくなるのか。  スマホを見る。メッセージの通知がだいぶ溜まっていた。けいからアイドルオーディションに合格した話が届いている。ふゆからはさっきの夏樹とのプリクラのデータだ。どちらにもスタンプを送っておいた。  夏樹は普段通りに運転している。……少し腹が空いた。 「小焼、コンビニ寄って良いか? タバコ買いたい」 「どうぞ」 「ん。ありがと」  駐車場に止め、夏樹はすぐにコンビニに入っていった。もうタバコが無くなったのか? 吸い殻はそんなに無いと思うが……、家で吸っていたか? あまり記憶が無い。  数分して彼はレジ袋を提げて戻ってきた。 「ほい、フランクフルト。豆大福売ってなかったや」 「ありがとうございます。売り切れですかね」 「美味しいなら売り切れるよな」  ニカッと笑いながら夏樹は席に着く。私は袋からフランクフルトを取り出して齧りついた。パリッとした皮、溢れる肉汁。なかなか美味い。けっこう良いものなんだな。今度小腹が空いた時にでも買おう。  視線を感じる。夏樹が熱に浮いた目を向けていた。 「えっち」 「お、おう!? い、いや、美味そうに食うなぁって思っただけだから! そういうこと考えてねぇよ!」 「本当ですか?」 「本当だって! 神にも誓えるぞ!」  視線を落とす。夏樹の下腹部に変化は無い。 「おまえ、おれのエクスカリバーで判断すんなよ」 「宝剣は素直ですから」 「おれもけっこう素直だけどなぁ」 「それもそうですね」  まっすぐに想いを伝えてくるから、そういうことはよくわかる。  フランクフルトを食べ終えて、満足感がした。眠くなってきたので、目を閉じる。高速道路を走るわけではないからか、夏樹は何も言わずに寝かせてくれた。  目が覚めた時には私の家の駐車場だった。干しっぱなしのシーツや服が風でバタバタやかましい音を鳴らしている。 「着いたぞ」 「ありがとうございます」  車を降り、家に入る。「ただいま」と言えば後ろから「おかえり」と聞こえた。夏樹がへにゃっと笑っている。ドアを閉めて、唇を塞いだ。 「ん。ただいまのキスか?」 「いえ、なんとなくしたくなったので」 「そっか。そういうのなら大歓迎だ! ただいま!」 「おかえりなさい」  もう一度唇を重ねる。舌を絡めるのが気持ち良い。頭がぼーっとしてくる。腰を撫でられて、ゾワッとした。 「っな、つき……」 「小焼。すげぇエロい顔してる」 「ばか!」 「おう! それも小焼のことが大好きなバカの超スーパーキュートなカリスマ女装モデル、なちゅちゃんだぞ!」  胸を張って言ってきたので、彼の頭を撫でてみた。嬉しそうにへにゃっと笑う。尻尾がぶんぶん揺れている。  抱き締めてみた。明るい声で「ふかふかおっぱいだぁ」と言っている。どれだけ胸が好きなんだこいつ。 「男の胸揉んで楽しいんですか?」 「おっぱいだからな!」 「はぁ? まあ、良いですけど、そろそろ部屋に行きましょう」 「おう!」  部屋に移動して、ベッドに腰掛ける。夏樹はすぐに飛びついてきた。胸を鷲掴みにされているのは、正直なんとも言えないが、頭を撫でてやったら、笑顔で擦りついてくる。  本当に人懐こい犬のようだ。……かわいい。

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