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第9話
改めて、『なちゅ』の人気を知って、かなりビビッた。
普段のおれには見向きもしないってのに、女装するだけでこんなに見られるってなったら……ちょっとクセになりそう。
でも、巴乃メイちゃんには知られてないようで地味にショック受けた。それとも事務所的に反応NGだったとか? ……そんなことないか。
小焼の機嫌が良いのか悪いのかビミョーなところだけど、頭を撫でてくれるから嬉しい。ふかふかのおっぱいに頬を寄せる。心臓の鼓動が聞こえる。脈がちょっと速いような気がする。顔を上げる。赤い瞳と視線が交わる。
「小焼。倦怠感や寒気はないか?」
「急に何ですか? いたって平常です」
「そっか。そんなら良いよ」
風邪じゃないなら、小焼でもドキドキするってわかって嬉しい。
ふかふかのおっぱいの感触を堪能する。小焼はそっぽを向いた。あれ、もしかして、感じてんのかな? 服の上からだけど、そぅっと乳首を抓む。甘い吐息がこぼれ落ちた。えっろい……。すげぇエロい。そのまま吸ってみた。直にしてやりたいのが本音だけど、このままどんな反応するのか見たくなった。
「ッ……! やめろ!」
「痛っ!」
頭にゲンコツを食らった。痛い。やっぱり駄目かぁ……。少し潤んだ瞳が蔑んだような目を向けている。熱っぽいから、すんごいエロいんだけど、続きはさせてくれそうにないや。
「胸ばかり触らないでください」
「他のとこ触って良いのか?」
「そういう意味じゃない!」
「いだだだっ、わかった! わかったから!」
両方を引っ張られて痛い。涙出てきた。小焼は力加減しているつもりだけど、おれには大ダメージ。もう少し弱めてもらいたい。めちゃくちゃ痛くてほっぺたもげそうだった。
お叱りを受けたおれはお詫びとして洗濯物を取り込むことにした。干したのもおれ、取り込むのもおれ。たたむのは……小焼かな。おれがたたむと変なしわが寄るって言ってた。これでもけっこう頑張ってるんだけど、小焼には頑張ってるつもり止まりなんだと思う。小焼の力加減と同じ、つもりだ。
きれーに晴れたまんまだったから、全部乾いていた。おれが着て帰るものに困ることはなくなった! よし!
洗濯かごを抱えて小焼の部屋へ戻ろうと歩みを進める。両手が塞がっているから、置かないとドアノブを回せねぇな。小焼に声かけ――……なんか聞こえる。かごを置き、ドアに耳をくっつける。微かに喘ぎ声が聞こえる。え、なに、おれがいない間に自慰してんの?
「小焼ー!」
「何ですか?」
「あ、あれ? 服着てんの?」
「何言ってんですか?」
そこそこ大きいテレビ画面いっぱいが肌色になっている。あ、エロい。エロいやつ見てんだ。小焼の横にはDVDのケースが置いてある。メイちゃんの新作か。さっき会った子が、こんなエロいことしてんのか……、やっぱり顔に似合わず胸がけっこうある。パイパンではなくて、ちょびヒゲ。すっげぇ生々しい……。
「この男優より私のほうが良い体してますね」
「う、うん。そうだなぁ……」
いまいち反応に困るコメントをしないで欲しい! 言えねぇけど!
冷静に見てっけど、おかずじゃねぇのかな……。メイちゃんが可愛い声で喘いでるのを、小焼が真顔で見てるのが面白くて、おれも下半身が反応しない。
本編に続いて特典映像の再生が始まる。制服姿のメイちゃんが可愛い。こうやって見たら、けいちゃんに似てる。けいちゃんが似てるのかメイちゃんが似てるのかどっちで言えば良いかわかんねぇけど、似てる。ニーハイソックスに乗った脚の肉がえっちだ。
「今回も良作でした」
「そっか」
「アンケート投稿しておこう……」
「抽選で何か貰えるんだな?」
おれはDVDに入っていた紙を見つつ、小焼に尋ねる。彼は黙って指をさした。何かあんのか? 指した先には、色紙があった。かわいいうさぎさんの絵とメイちゃんのサイン。あれが当たるのかぁ……。
小焼の部屋は整頓されているから、何がどこにあるのかわかりやすい。首輪とハーネスが増えてるけど、黙っておこう。
今まで取ったトロフィーや賞状も飾ってある。けっこう入賞してるから、小焼の実力も才能も本物だ。本人がどれだけ努力してるかってのも、おれはよく知っている。
「そういえば、母から電話来ましたか?」
「いいや。来てない」
「珍しいですね。時差を考えずに夏樹を起こす母なのに」
「忙しいんじゃねぇか?」
「展示会の真っ最中ですからね……。私の送ったメッセージにさえ既読がついていないです……」
その言葉は、少しだけ寂しそうだった。
胸がぎゅーっとなるくらいに、おれはなんとも言えない気持ちになって、思わず小焼を抱き締めていた。
「急に何ですか?」
「あー! もう! わかんねぇ! ぎゅっとしたくなった!」
「うざったい」
簡単に剥がされる。
少し緩んだ口元にほっとした。笑ってくれた。嬉しかったんだな。良かった。
小焼にもっと触れたい。もっと深く繋がってたい。けど、今日はもう駄目だ。昨夜ヤりまくったから、円座クッションに座っているくらいだ。車にも持ってきてたし。……助手席用に円座クッション買っといてやろっと。
玄関でしたようにキスしたいな、と思って頬を撫でる。察してくれたのか、小焼は目を閉じた。
軽くキスしてから、唇を舐めて、少し開いた口に舌を挿し込む。小焼の口は甘い。そこらへんの女の子よりも甘いから、砂糖菓子でできてるって言われてもおかしくなさそうな甘さだ。両手で包み込むように耳を塞いでやって、歯茎や口蓋を舐める。ビクッと跳ねる体が愛しい。舌小帯をつついて、吸って、舌を絡める。小焼の真似をしてるだけなんだけど、効果はてきめん。可愛い反応をしてくれてる。おまえの真似してるだけだぞ、とは言えない。
「んっ、ふ、ぅ……、んッ……!」
「小焼。もっとキスしたい」
瞳がうっすら開く。涙に濡れていて、かなり興奮した。
ここで小焼を押し倒せたら良いんだけど、おれにはそんな力も無いし、押し倒すことができたとしても、ヤるのは駄目だ。後で半殺しにされそう。
唇を少し離した状態で、舌を出して絡め合う。くちゅくちゅって、唾液の混ざる音がして聴覚的にかなりドキドキする。小焼の手がおれの胸をまさぐる。既に刺激を期待して尖ってた乳首を抓られて、目の前に星が散った。ふわふわした幸福感に包まれて、かなり気持ち良い。
夢中でキスしながら小焼のおっぱいを揉んだら、ぶっ叩かれた。胸を触るのは駄目らしい。気持ち良いのが痛みでぶっとんでいた。
「いい加減にしてくださいッ! しつこい!」
「ごめんごめん」
息のあがっている小焼が愛おしい。もっかいキスしたいけど、無理だ。殺されそうだからやめよう。
廊下に放置してきた洗濯かごを運び入れて、自分の服に着替える。
「メイクしたまま帰るんですか?」
「さすがにこのままだとふゆにネタをやりすぎっからなぁ……。落として帰る」
「メイク落としは無いですよ」
「大丈夫だよ。食器用洗剤があるだろ?」
「は?」
キッチンに向かう。小焼もついてきた。
キッチンペーパーに食器用洗剤をつけて、顔を拭く。今、目を開けたら死ぬから絶対に開けない。小焼が何か言ったけど、聞き取れなかった。きっと驚いた声だ。
手探りでぬるま湯を出して、顔を洗う。
「ほい、どうだ? 落ちたろ?」
「夏樹の顔は皿だったんですか?」
「違ぇよ! メイク落としと食器用洗剤は同じ成分が入ってんだ。界面活性剤っていうんだけど――……興味無さそうだな」
「正直言って無いです」
「あいあい。そうだろうな。要するに、成分が同じだから、落ちんだよ、汚れは」
「自分を飾り立てたものを汚れ扱いするって、なかなかのご身分ですね」
「言い方が悪かったな。あー、でも、やっぱり洗顔料じゃねぇから、肌がパリつくや」
「ローション塗りますか?」
「どのローションかわからねぇ言い方すんな。化粧水塗ろっと……。下地の時に借りたやつ」
フランス製の化粧水だったと思う。小焼の母ちゃんの使っている化粧品は、肌に優しいものが多い。日本に置いていってるから、普段使いのものではないのかもしれねぇけど、全部弱酸性の肌に合うものだった。
小焼の母ちゃんの部屋で化粧水を塗って、小焼の部屋に戻る。
「これは塗らないんですか?」
「それ、アナルセックス用のローションだろ……」
「肌に優しいと書いています」
「ぬるぬるだから顔には向いてないと思う」
「ああ……」
納得したのか? そこで納得されても、ビミョーな気分になる。小焼は几帳面だが、妙なところで雑になる。特におれの扱いとか。
そろそろ帰ったほうが良い感じかな? おれはずっと小焼の側にいたいけど、小焼はひとりにして欲しいのかもしれない。街に出たし疲れてるのかも……。アニメグッズのショップで、おれのスカートの端を引っ張ってアピールしてたし……あれ、もしかして、ヤキモチやいてた? そうだとしたら、すげぇ可愛い……。あー、好き!
「小焼大好き!」
「急に何ですか?」
「もー、おまえ、ほんっと、可愛い。好き!」
「頭おかしくなりましたか? 殴りすぎたか……」
「おかしくなってねぇよ。殴りすぎだとは思うけど。小焼は? 小焼はおれのことどう思ってる?」
小焼は首を傾げた。ちょっと幼い仕草に胸がぎゅっとなる。もしかして、これがふゆのよく言ってる「尊い」の感情かもしれない。拝みたくなる気持ちもわかる。
「I turned out liking you a lot more than I originally planned 」
「日本語で言ってくんねぇか?」
「好きです」
「おう。ありがと!」
面倒臭い女のような質問しちまったけど、小焼はきちんと返事してくれた。
英語でも何を言ってるかはわかるけど、おれがすぐわかる言葉で言って欲しい。まあ、英語のほうが流暢に話してくれるとは思うけどさ……。けっこうキザなこと言ってる気がするし……。本や映画のセリフでも真似てんのかな……。
今は、小焼がおれのことを好きって言ってくれるだけで満足だし、幸せだ。額をごっつんこして笑った。おれだけ、笑った。小焼は笑わない。普段の仏頂面のまま。でも、良いんだ。ただ、不器用なだけだってわかってる。おれのこと好きだってわかってる。両想いになれて、幸せだなぁ。あー、すきー。
その後、もっかいキスして、もっかい胸触ったら殴られて、荷物と共に家から放り出された。強制的に帰宅を余儀なくされたや……。
車に乗って家に帰る。まめたが玄関まで迎えに来てくれていたので抱っこした。
「お兄ちゃんおかえりなさーい!」
「おう、ただいま。お兄ちゃんの部屋に普通に居座らないでくれっかなぁ」
「コピー機借りてるの!」
おれの部屋でふゆがコピー本を作っている真っ最中だった。あちこちに原稿が散らかっている。視界に入ったカレンダーに予定が勝手に書きこまれていた。再来週の日曜日にイベントがあるようだ。
「ふゆ。何でおれの部屋のカレンダーにイベントって書いてんだ?」
「お兄ちゃん売り子して!」
「へっ? 売り子? 何で?」
「いつも頼んでるレイヤーの友達が、ブレアンの大型あわせに参加するの! だから、売り子がいなくって!」
えーっと、コスプレイヤーの友達が……大型あわせって言ってるから、ブレアンのキャラクターがいっぱいのコスプレ撮影に参加する……ってことだな? なんとなく、理解した。
「だからって、おれが売り子するよりも、けいちゃん置いたほうが良くねぇか?」
「けいちゃんは可愛すぎて駄目だよぉ! 変な人が来たら困るもん!」
「お兄ちゃんも可愛いと思うけど?」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだから、可愛くても男でしょ! けいちゃんは、内気で恥ずかしがり屋で、か弱い泣き虫の女の子なんだから、ムキムキマッチョの屈強な男が来たら泣いちゃう!」
「その前に、ムキムキマッチョな男がおまえのスペース来んのか気になるんだけど」
「イベントには不審者がつきものなんだよ! だから、お願い! お兄ちゃんには、チカちゃんのコスをしてもらいます!」
「衣装ねぇけど」
「一式ご用意しておりますっ! コミッションのお陰で!」
「おまえのお兄ちゃんは、超カリスマ女装モデルのなちゅちゃんだぞ?」
「あ、そっか。小焼ちゃんに許可取った方が良い? 電話してくるね!」
そういう意味じゃなかったんだけど!
ふゆはスマホを片手に部屋から出てった。小焼が相手なら、ここで電話して良くねぇか?
我が妹ながら、行動力が凄まじいな……。コピー機に挟まったままの原稿を入れ替えて、スタートボタンを押した。何でおれ、無意識に普通に手伝ってんだ……。うん、慣れって怖い。
「小焼ちゃんの許可出たよー! 当日小焼ちゃんも来てくれるって!」
「あいつにも何か着せたら良くね? 顔綺麗なんだし、体格も良いし」
「それなら、シンタローとベースの衣装買っておかないと! あたしの次のイベント新刊、シンベスだから! お兄ちゃん、シンタローして! あたし、チカちゃんやる!」
「サークルチケットそんなにあんのか?」
「今回はね、2スペース取ってるの! あと1人呼べるよ。でも、あたしのブレアンやってる知り合いのレイヤーさんは皆、あわせに呼ばれちゃってるから……他ジャンルの早く入場したい子に譲ろうかなぁ」
何で2スペース取ってるかとか、新刊の内容とか、色々聞きたいことはあったけど、深く関わると面倒だからやめよう! ふゆの才能と努力を褒めて伸ばしてやんないとな! 頑張ってここまで上手くなってんだから!
あ、そういえば、ふゆにファンの話してやんないと……、はるって、イベントに絶対行くって言ってたし、予定空いてるんだよな?
「ふゆ。ダウナーちゃんのレイヤーさんなら知ってんだけど」
「ほんと!? さすがお兄ちゃん! 巨乳ギャル好きなだけある!」
「その言い方はどうかと思うけど、おまえのファンだって言ってたよ。イベントに絶対行くって言ってたくらいだから、予定空いてんだと思う」
「呼んで! ダウナーちゃんのレイヤーさんまだ生で拝んだことないの! おっぱい見たい!」
「すげぇたゆんたゆんのおっぱいしてた」
「超やばいじゃん! えー、どんな人!? 写真は!?」
「ちょっと待ってくれよ。バエスタあがってるはずだから」
なちゅのアカウントに通知が来てたから、はるのバエスタがわかるはずだ。
おっ、ダウナーちゃんの写真もあがってる。……けっこうスタジオとか行ってんのかな、めっちゃくちゃ綺麗に撮影してもらってるや。おっぱいすげぇ。
「わー、すっごい、美人! すごい! 春日さんすごい美人! 尊い! 最高! 好きオブ好き! お兄ちゃん何で一緒に写真撮ってるの!?」
「なちゅちゃんだから……」
「うーん、どうしよう。お兄ちゃんは可愛いし、チカちゃんをさせたほうが良いのかな……。でも、あたしがシンタローしても、小焼ちゃんを攻めきれる気がしない……死にそう」
「死ぬな、生きろ」
「生きる―!」
ふゆは元気いっぱいに返事した。生きてる、うん。生きてる。
コスプレの衣装買うよりもプリンター買えよって思ったんだけど……、妹がお兄ちゃんを頼って部屋に来てるって考えたら可愛いし、いっかな。
しばらく黙って眺めていたら、まめたがホッチキス留めの終わった本におしっこかけて、ふゆに叱られていた。
「お兄ちゃん、見てないで手伝ってよぉ!」
「まだ時間あんだろ」
「お兄ちゃんがコピーしてくれたら、あたし、春日さんにダイレクトメール送れるの! やって!」
「あいあい、わかったよ」
どうやら、はるに直接メール送って依頼するようだから、コピーを交代してやる。イベントに出すのはアナログ原稿なんだよなぁ……。デジタルだと表現できないなんたらかんたら言ってたけど、興味無くて忘れた。
よく考えたら、……小焼が何かコスプレすること確定してっけど、まだ許可取ってねぇよな。
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