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第10話
ふゆからよくわからない電話の後。洗濯物をたたんで、ジョギングをしてからシャワーを浴び、夕飯を食べて、さっさと寝た。
ぐっすり眠って翌朝、日課のジョギングに出る。公園でまめたの散歩をしている夏樹に会った。
「おはよ、小焼」
「おはようございます。まめたは今日も元気そうですね」
「元気いっぱいだ。おれもな!」
「そりゃ良かったですね」
屈んで、まめたの眉模様をぐりぐり押しておく。嬉しそうに尻尾を振っていた。隣で夏樹が笑っている。こいつは頭を撫でてやるか。頭を撫でてやれば、彼は嬉しそうに破顔した。よく似た飼い主とペットだな……。
「あっ、そういえば、ふゆがおまえにイベントでコスプレさせようと考えてんぞ」
「コスプレって何のですか? バニーですか?」
「おまえ、バニー服着たいの?」
「いえ、見るのが好きなだけです」
「ほーん。確かに良いよな、バニー服。あの胸のあたりが」
「お前は胸しか見てないのか。テカテカのエナメル生地のものが良いです」
「ああ、おまえ、あれか。女王様のボンテージとか好きなタイプだな?」
「拘束具って良いですよね」
私達は朝から何の話をしているんだ?
夏樹が瞳を少し潤ませているから、帰ったら拘束具を調べようと思う。今は首輪だけしかないから足枷か手枷を買おうか。口枷は……キャンキャンやかましい時もあるが、彼は躾のできている犬のようなものだから、必要無いか。噛み癖も無い。
夏樹は首元がゆったりめの白いTシャツを着ている。前面に『頼れるお兄ちゃん!』と書いてあるが、何処で売っているか気になる……。そして、よくこれで外に出るもんだ。部屋着だと思う。学校でこういう服を着ている姿を見たことが無い。
首筋に歯形が見える。……私のほうが、口枷が必要か?
「で、おまえに着せたい衣装が、ブレアンのベースなんだ」
「警察隊長ですよね?」
「そう。あのマッチョ。ふゆは、おまえにこれ着て欲しいんだって」
夏樹がスマホを見せてくれた。腹出しバージョンの隊服だった。今放送中のほうのデザインか……。
「着るのはかまいませんが、何するんですか? セックスですか?」
「そういうのじゃねぇよ! い、いや、イベント後に、しても良いけど……」
「照れないでください。イベントって、そもそも何ですか?」
「あ、そこから説明が必要だったか! えーっとなぁ、ふゆが同人誌を作ってんのはわかるだろ? そんで――」
説明を聞いている間。まめたが私の脚に頭突きをし続けている。懐いてくれているのは嬉しいが、こんなに頭突きされるのはどういうことだ。とりあえず屈んで頭を撫でてやった。はっはっ、と息を吐いて、くるんと巻いた尻尾をぶんぶん振って喜んでいる。
つまり、ふゆが自費出版している作品を売る手伝いをしてほしいって話だったようだ。他にも本を売っている人が集まっているらしい。そういうイベントがあるんだな……。知らなかった。
「というわけで、どうかな? 嫌なら言ってくれよ。サークル参加もしなくて良いからさ。人が多いところ苦手だろ?」
「どういうものか気になるので行きます」
「そっか。そんじゃ、えーっと、服のサイズはLで良かったっけ?」
「胸囲を考えるとこれだと小さいですね……」
「おっぱいおっきいもんな!」
「……LLにしてください」
「わかった。ふゆに伝えておくよ」
あきれて何も言えない。すぐに胸に話がいくのはいつものことだから、今更何とも思わないが。
「夏樹は何かコスプレするんですか? 昨日ふゆに女装させて良いか聞かれましたが」
「ん。おれはチカちゃんだってよ。ふゆがシンタローやるって言ってた」
「兄妹で逆の性別するんですか?」
「だって、ふゆが『なちゅちゃんがブレアンのコスプレしたら、やばいよ! 絶対やばい!』って言うから」
「やばいってどういう意味ですか」
「とにかくやばいらしい。あいつ、興奮したら、小説書いてるくせに、やばいしか言わなくなんだよ……」
語彙力が無い兄妹だと思うが、ふゆは一応文系だったな。日本文学史のレポートを手伝った覚えがある。大雑把に終わらせるところは兄妹で同じだったような気がする。
まめたが足元でぷるぷるしていると思えば、大便をしていた。夏樹が新聞紙で包んでビニール袋に回収する。それからペットボトルの水で洗い流していた。
「あぶねぇ。小焼の足の上にしたかと思った」
「私の足はまめたのトイレではないです」
「まめたはおまえのこと大好きだから、マーキングしてんだよ。小焼はおれのだっての!」
抱きついてきたので受け止める。朝だから涼しくて良いが、昼にしたら勢いで一本背負いを決めていたと思う。しかし、それをすると、まめたのリードが絡まって、まめたが可哀想なことになるからやめておこう。夏樹はどうなっても大丈夫だろう。多少は。
「あー、ふかふかおっぱいー」
「毎回言わないと気が済まないんですか?」
「つい言っちまうんだ。えへへ、幸せだ」
周りに人がいないからか、いても気にしなくなったかわからないが、夏樹は私の胸に顔を埋めて笑っている。とても嬉しそうにしているから、何かを言うのも面倒だ。
触れられたところから熱と痺れが這い上がってきた。ゾワゾワする。
「っ、夏樹!」
「おっ、わりぃ。調子に乗りすぎた」
彼はいつものように人懐こい笑みを浮かべている。もう、付き合っていられない。ジョギングの続きをしよう。踵を返して、駆け出す。後ろから「またなー!」と声が聞こえたので、手を挙げて返しておいた。
けっこう汗をかいたので、シャワーを浴びよう。帰宅してすぐに浴室に向かう。
「っあ」
服を脱いだ拍子に変な声が出た。乳首がじんじんする。夏樹が触りまくるから、変なことになってる……。治るのか、これ。
「……ッ! ……ふ……ん、ンッ……」
変な感じがする。引っ掻くだけで、じんじんして、熱い。これ以上触り続けるのはまずい。頭ではわかっているのに、快感を求めてしまう。勃ち上がった自身を扱きつつ、乳を弄る。これだと夏樹と同じことをしている。あいつ、いつも、こんなに、気持ち良いことになってるのか?
浴室で自慰するのがクセになってるのかもしれない。駄目だ。こんなの、駄目だ。一昨日もしてるのに……、これだと、夏樹のことばかり変態なんて言えない。
「――ッ!」
姿見が白濁で汚れる。今日は倒れなかったが、力が抜けて座った。夏樹に触られてからおかしくなってばかりだ。全部あいつの所為だ。腹の虫が鳴く。腹が減った。早く何か食べよう。
ついでに浴室の掃除をしてから、朝食を作る。昨日の残り物のきんぴらごぼうを卵と炒めて、ごはんに乗っける。これで簡単に一品できた。
冷凍のパプリカをレンジで解凍して、薄切りにした玉ねぎと混ぜる。それから醤油とみりんで味つけして、レモン汁と合わせた。これで二品目。
今日賞味期限の牛乳が2本あったので、1本は今夜飲むとして、1本は今使うか。ちょうどシュガースポットのできたバナナがあったので、適当に切ったにんじんと一緒にミキサーに放り込んで、スムージーを作った。これで朝食は良いか。
メニューをもう少し統一して作れば良かったな。洋風だか和風だかわからない。夏樹に新しいレシピを貰うか。栄養計算ならすぐにしてくれるはずだ。……たまにパセリがとんでもない量に設定されているから、注意が必要だが。あいつ、調理学をもう一度学んでくるべきだと思う。乾燥パセリ100gもスープにぶちこんだら、緑になると思う。
「いただきます」
手を合わせて、食事を始める。
きんぴらごぼうは、濃く味つけしても良かったな。ごはんに乗っけたからか、卵と混ぜたからか、味が薄まっている。これは次回の改善点として覚えておこう。
パプリカと玉ねぎのマリネはちょうど良い塩梅に作れた。シャキシャキの玉ねぎが甘みを伴っていて美味しい。パプリカを加熱しすぎたのが失敗点だが、味としては大満足だ。我ながら、うまく作った。
スムージーに関しては、ただ混ぜただけから味が足りなかった。レモン汁を足して、ちょうど良い爽やかさと甘さになった。酸味は引き立て効果があるようだ。
「ごちそうさまでした」
腹が満たされた。
さて、掃除をしてから、スイミングスクールに行こう。昨日泳げなかった分、泳いでおきたい。
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