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第13話

 どうやら弄りすぎたみたいだ。  前よりも小焼の胸が大きくなったような気はしてたけど、こんなに敏感になるとは思わなかった。  服が擦れるだけでも反応するようになってんのか、着替えてる間もビクッと跳ねていた。  これからバイトだってのに、少し心配だなぁ。絆創膏つけてるからTシャツを脱がずにプールに入んのかな。子供におっぱい触られたら大変なことになりそう……。なんとかしてやりてぇけど、絆創膏貼るぐらいしか、おれには手当てできない。  昼メシは近くのファミレスで済ませた。小焼は相変わらずの食べっぷりで、ライスのおかわり制限をされていた。不満そうだ。 「制限があるなら、はじめから言ってほしい」 「仕方ねぇって。おまえが食い過ぎなんだから」 「まだ5杯しか食べてないです」 「おかわりしたとしても、普通は多くても3回ぐらいまでなんだよ。食べ過ぎ!」 「私が……食べ過ぎ……?」  わかってなかったのか。  小焼は感情が芽生えたロボットのような表情をしていた。仏頂面が崩れてんの珍しい。そんなに驚くようなことだったのかよ。  ファミレスを出て、スイミングスクールに戻る。小焼は子供達に挨拶されていた。  きちんとコーチしてやってんだなぁと思って、嬉しくなるし、微笑ましい。 「そんじゃ、おれはバイトの邪魔になるだろうから」 「帰るんですか?」 「おう。何だ? さみしいか? おれにいてほしいか? いだだっ!」 「調子に乗るな」  デコピンされた。痛い。  望月がにこにこしながら近づいてきた。既に水着姿だ。 「あ! イチャイチャしてるー! 夕顔くんと伊織くんって、ほんっと仲良しだよねぇ。ボクも負けてらんないなぁ」 「イチャイチャしてないです。あと、私が勝ちます」  望月の発言に対して、小焼の返しが面白くて、思わずふきだしたら今度は叩かれた。  力加減ができていなくて、けっこう痛い。また記憶障害になりそうで怖くなる。石頭になってきたような気はすっけど。 「おれは帰っから、望月と仲良くしろよ」 「仲良くとは? こうですか?」 「痛いよぉお!」  小焼は軽く叩いたつもりでも、望月には大ダメージだ。おれを叩く時と同じ強さで叩いてるなら、かなり痛いと思う。望月は涙目になっていた。  珍しく小焼は眉を悩ましげに下げていた。悪いことをしたと思っているようだ。傷つけた、と思ってんのかな。フォローしてやんねぇと。 「小焼。叩くのはおれだけにしてくれ。嫉妬しちまう」 「わかりました」 「ボクを叩いてイチャつかないでよぉ……」 「イチャついてないです」 「わりぃな望月。小焼と仲良くしてやってくれ」 「うん……。ボク、バイトが終わったら絶対ゆーくんとイチャイチャしてやるんだぁ」  望月はバイト後に陸上部の彼氏とイチャイチャするんだとよ。  一時期はゲイだからって、同級生にも避けられていたようだけど、今は平然と仲間内に入れるようになったらしい。  それどころか、学内に隠れているゲイの子らが望月に恋の相談にも来るんだと。  川での望月と白峰のカップルの活躍を小焼がきっちり説明した甲斐があるってもんだ。  おれは手のひら返しされたようで、少し複雑な気分なんだけど、望月は学内で話せる子が増えて嬉しいらしい。  13時になったから、おれはスイミングスクールを出た。家に帰るとすっかなぁ……と思っていたら、スマホが震えた。ふゆから着信だ。 「もしもし? どうかしたか?」 「インクが切れたの!」 「あいあい。買ってくる。なんか他にいるもんあっか?」 「コピー用紙も! A5ね! お母さんがお塩とミネラルウォーター買ってきてってー! あと、ラミネーター!」 「わかった。ラミネーター以外は買ってくる」 「えー! ラミネーターも買ってよー!」 「ラミネーターはおまえが欲しいだけだろ! 自分で買え!」 「ぶーぶー! お兄ちゃんのケチー! よろしくねー!」  通話終了。  ラミネーター使ってカードでも作る気だったっぽいな……。買ってやんねぇけど。  ホームセンターに行って、頼まれたものを買った。くっそ重い。鍛えられそう。これでおれもマッチョになれっかも……。  あー、何で一回帰って車に乗らなかったんだろ。けっこうつらい。暑いし、やばい。熱中症になりそう。今日の最高気温33℃だったっけ? あっづい! 死にそう……。  コンビニでアイスを買って、食いながら日陰を歩く。直射日光浴びたら死んじまう。こんなの、やばい。  公園では、子供達がサッカーをしていた。フットサルか? 違いがわかんねぇや。  日傘をさしたお母さん達が子供達を見守っている。『フットサルサークルメンバー募集中!』と書かれた紙の貼られたママチャリが並んでいた。フットサルなんだなぁ……。  暑いのに頑張ってんなぁ、と思っていたら、ざわめきが聞こえた。叫び声が聞こえる。声のした方を向く。子供が一人倒れていた。  おれは慌てて荷物を抱えなおし、駆け出していた。 「大丈夫ですか!?」 「あっくん、急に倒れたの!」 「冷たい水を飲ませてたんです!」 「あなたは救急に連絡してください! あなたはこの子を日陰に座らせてください! おれは伊織夏樹! 医者です!」  パニック状態になっている保護者のうち、落ち着いてそうな人に声をかけて、救急の連絡と子供の移動を頼んだ。  倒れた子供の意識は、ぼんやりしている。きちんと座れてるけど、手脚が痙攣してる。上肢の方が痙攣してっか……。 「この子の近くにいた子ー! 頭を打ってないか見てねぇか?」 「あっくんはまえむきにたおれたよ!」 「おててついてた!」 「ありがと!」  頭は打っていない。前向きに倒れた。手をついていた。今は保護者に抱えられて、日陰に座っている。  これから考えられることは、手の捻挫もあるかもしれない。骨折の可能性は? 手首を掴んでやる。痛がらないから大丈夫そうだ。  子供の意識がフッと消えた。まずい。 「タオルを濡らして持ってきてください! 着衣の締め付けを緩めて、体を冷やしてやらねぇと!」  汗が伝ってきて、目に沁みる。おれもぶっ倒れそうなくらいだ。  集まった濡れタオルを首や脇の下、脚の付け根に当たるようにして、冷やしてやる。うちわで懸命に風を送っている子もいるが、倒れないか心配になる。 「この子の保護者さんは?」 「わ、わたしです!」 「何かアレルギーや現在治療中のものは?」 「無いです! こんなことは、初めてで……!」  お母さんは涙目でパニック状態で水を飲ませようとしたから慌てて止めた。意識障害のある時に飲ませたら、誤って気道に入る可能性がある。あぶねぇ。  救急車のサイレンが近づいてきた。救急隊員が走ってくる。所見の申し送りをしねぇと。 「熱痙攣からの意識消失。上肢を中心とした間代性痙攣が5分間持続しました。現在治療中の疾患はないようです」  伝わったから、後は任せておけば大丈夫なはずだ。すぐに点滴なり処置されんだろ。  あづい。おれもぶっ倒れそう。  早く帰ってエアコンの効いた部屋で昼寝してぇ……!

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