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第14話
「初めまして! 望月奏です! 専門はフリーです! よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
子供達の元気な声がプールによく響く。
今日は活発な子が多い。基本的には仲良くやっているほうだろうし、喧嘩も稀にしか起こらない。
まだ短距離すら泳げない子から長距離を難なく泳ぐ子まで、実力の差はけっこうある。それぞれの実力にあった指導をしなければならないから、けっこう重労働となる。
やりがいがあるし、時給もけっこう良いし、個人的にプールを貸してもらえるから、私にはプラスしかないが、望月にはどうだろうか。……初日から辞めるなんて無いと信じたい。
「夕顔くん。よろしくね!」
「よろしくお願いします。では、望月はフリーが専門ですし、あちらの子達のプル練習を見てあげてください」
「はーい!」
少し心配だが、同じ水泳部なんだからどうとでもなるはずだ。小学生の指導くらいできると信じておこう。
「では、バックの50mタイムトライアルを始めます」
そろそろ次の記録会も近い。今の自分達の実力を見直してもらう必要がある。
メドレーリレーのチームについても考えないといけない。
「絶対にこの子と組む!」と決めている子を分けるのは酷だ。仲が良いだけでは勝負には負けるものなんだが……お遊びとして考えるなら、それでも良い。私は自分のことでもないし、勝ち負けなどどうでもいいから、先生に全て任せたいところだが、アルバイトの仕事として任されている以上、考えてやる必要がある。
「夕顔コーチ! 今のどうでした?」
「遅いです」
「えぇ、ズバリ言われるぅ……」
なんと返してやれば正解かさっぱりわからない。
夏樹ならもっと良い言葉をかけるはずだが、私にはわからない。
とりあえず、フォームを改善させるか。
「ストロークを意識してください。今はストレートしかできないでしょうが、S字ストロークができるようになれば、もっと速く泳げます。練習してみましょう。二人組を作ってください」
順調に仲の良い者が二人組を作っていく中、一人だけおどおどしていて、残されていた。この子はよくレッスンに来ているが、誰かと一緒にいる姿を見たことがないような気がする。
私と同じように人に関わるのが嫌なのかと思って放っておいたんだが、違ったか? 周りをキョロキョロ見回して、しょげている。もしかして、逆だったか。
「私と組みますか?」
「あ、で、で、も、コーチと良いんですか……?」
「手本が必要なので、ちょうど良かったくらいです」
おどおどしている姿が、けいに似ているが、弟がいるとは聞いたことがないし、顔が全然似ていないので、まったく関係無いはずだ。あと、この子は『しゅんすけ』という名前のようだ。キャップに書いてある。
プールに入る。本当はTシャツを脱ぎたいところだが、乳首に絆創膏を貼っているから脱げない。
「まずは、伸びてください」
水面に寝るしゅんすけの腰を支えてやる。手を掴んでストロークの動きを覚えさせる。呑み込みがけっこう良い方で、簡単にS字ストロークをした。私が支えているからってのもあるからか。
子供達も練習を始める。コーチがつきっきりでズルいとかなんとか言わないかと思ったが、何も言わない。……まあ、仲間にしてもらえないような子だものな。何も言われないか。無関心なのは良いことだ。変につっかかるより、よほど良い。
しゅんすけはなかなか良い泳ぎをする。腰を支えなくてもS字ストロークができるようになっていた。
「――ッ!」
「あ、ああ、ごめんなさい!」
「いえ、大丈夫です……」
真っ直ぐ泳ぐことのできない子の手が胸に当たった。乳首を掠っただけで、息があがる。
熱は下がっていたはずなのに……また……。腹の虫が鳴いている。
「ありがとうございましたー!」
やっと今日の練習が終わった。
生徒が誰もいなくなった更衣室の掃除をして、自分も着替えを始める。濡れたシャツを脱いだところで、望月が入ってきた。
「夕顔くん、乳首に絆創膏貼ってるのぉ!?」
「夏樹が貼ったんですよ。このふざけた絆創膏」
「このキャラ知ってるよぉ。ボク、大好きだもん」
「そうですか」
興味無い。
絆創膏を見られたことよりも、既に剥がれそうになっているほうが気になる。防水性ではなかったのか。仕方ないから剥がすか。
「ッ、あ」
「ちょっちょちょっと! 夕顔くんえっちな声出さないでよぉ! びっくりしたよぉ!」
「私だって出したくて出したんじゃないです……」
駄目だ。剥がさないほうが良かったかもしれない。痺れが這い上がってくる。腰がゾワゾワする。水着を脱いだところで、勃ち上がりかけているモノが目につく。熱をおさめたい。熱を出したい。望月がいるから、自慰することもできない。そもそも、こんなところで、するものじゃない。
「夕顔くん大丈夫?」
「ヒッ! あ! ……触らないでくださィッ!」
「ご、ごめん!」
彼に背中を向けていたから、急に撫でられて驚いた。触れられるだけで、今は駄目だ。これもそれも、夏樹が胸ばかり触るからだ! 全部、あいつの所為だ!
「ねえねえ、夕顔くんって、タチだよね?」
「私はネコです」
「え。そうなの!? 意外……!」
「意外って何ですか?」
「だって、伊織くんちっちゃいし、可愛いから」
「……確かにそうですが」
「ボクはね、ネコなの。たまにタチもするよ!」
興味無い。
それよりも、新しい絆創膏を貼っておかないと……。救急箱を開き、乳首に貼り付ける。指先が触れるだけで、電流が走るような感覚がした。
「ねえ夕顔くん、そこ、そのままで良いの?」
「……放っておけば、おさまりますから」
「ボクが抜いてあげよっか?」
「嫌です。私に触らないでください」
「そう言わずにさぁ。ボクも夕顔くんのおっぱい触ってみたかったんだぁ!」
「っ、やめろって言ってるだろ!」
抱きついてきた望月を叩く。
軽く叩いた、つもりだった。私にしては、軽い力だった。
だが、望月には、強すぎた。顔面からコンクリートにぶつかっていた。受け身もろくに取れずに。
「望月?」
返事が無い。怖い。視界が滲む。怖い。手が震える。
屈んで彼を起こす。血が流れている。鼻血だ。それと、口が切れている。額も切れているのか血が流れている。意識が無い。
怖い。体を揺らす。反応が無い。起きない。怖い。こわい、こわい、こわい、怖い。
スマホを手にする。夏樹に電話をかける。出ない。どうしてこんな時に出てくれないんだ。何回もかけなおしても出ない。どうして、何で、怖い。助けて。たすけて。たすけて。ふゆに電話をかける。
「はーい! 小焼ちゃんどうしたのー?」
「You've got to help me !」
「え、え、え、え!?」
「Please send for help ! Please help me !」
「あ、お兄ちゃん! お兄ちゃーん! 寝てる場合じゃないよぉ! お兄ちゃん!」
夏樹は昼寝してたのか。だから、電話に出ないのか……。
血が止まらない。どうしたらいいかわからない。わからない。圧迫しても血が止まらない。頭がクラクラしてくる。怖い。
「小焼どうした!?」
「The blood will not stop flowing 」
「へ? 出血? 何がどうなってんだ? おまえが出血してるのか?」
「Come at once !」
「わかった。スイミングスクールだな? すぐ行く。おまえの他に誰かいねぇのか? 先生いるだろ? まずは先生に助けを求めに行け! おれもすぐ行くから!」
「Yes, I am doing so 」
望月を抱えて、先生の元へ駆ける。驚いた表情をしていた。
上手く説明ができない。視界が滲む。
早く、来て……。たすけて。
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