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第15話

 何がどうなってんだかわかんねぇけど、寝惚けたまま聞いた小焼の声は、震えていたし、泣いてるようだった。  おれに当たるような強さで望月を叩いちまったんだろうけど、あの声の調子だと、けっこうやばいことになってそうだ。  法定速度ギリギリのラインを攻めつつ、車をとばして、スイミングスクールへ向かう。駅に近くなるほど信号が増えてくるから、ちょっとイラついてくる。灰皿に吸い殻が増えていく。また小焼にコスパが悪いと言われそうだ。横を救急車が通っていく。  まさか、行き先が同じだったりしねぇ? と思っていたら本当に一緒だった。え、小焼、何したんだあいつ? 車を停めてスクールに駆け込む。救急隊員と目が合った。いつぞや会ったことのある人だった。何故か会釈を交わした。  玄関で先生が待っていたので、共に駆ける。職員室に入ったら金髪が輝いて見えた。その横に――……。 「あ、夏樹くん戻ってきたのぉ?」 「へっ、望月?」  おばけ屋敷にいそうなくらいに血まみれの望月がいた。めちゃくちゃ怖い。何で普通に話してんだよってくらいに怖い。額が切れてるから血まみれになってるようだ。あー……、けっこう血が出るからびっくりするやつだな。意外と本人は平気な時が多いんだけど、周りがドンびきになるくらいの切り傷だ。  望月は救急隊員が運んでいった。きっと今から縫うんだと思う。  さて、おれのやることは、と……。 「そんなにおれに会いたいからって、望月を使ってやんなよ」 「……」  言い返してくれねぇか。こりゃけっこうメンタルがやられてそうだ。いつもなら「ばか」とか何かしら罵詈雑言がとんでくるのに黙ったまんまだ。濡れた赤い瞳にゾクッとしちまう。  頭を撫でてやって、ギュッと抱き締めてやる。小焼の腕が絡んでくる。 「大丈夫大丈夫。おまえは悪くねぇよ。ちょっと力加減を間違えただけだ。望月も元気そうだし、額が切れたらめちゃくちゃ血が出るもんだから、心配すんなって。救急も来てくれたんだ。腕の良いすんごいドクターがあいつを診てくれっから。なっ?」  よっぽど怖かったらしい。グズッてる声が聞こえる。おれの肩が湿っていく。子供をあやすように背中を撫でてやる。どうすっかなぁ……。 「ちゃんと謝れば望月も許してくれっから。ってか、怒ってもなさそうだったろ? というか、何かあったのか? 叩いちまうくらいなんだし」 「乳首が」 「絆創膏を笑われて叩いちまったか?」 「ちがう」 「じゃあ、むしゃくしゃしてやったか!」 「ちがう」 「むしゃくしゃしてやったんじゃなかったら、何だってんだ?」 「触られて……嫌だったから……」 「ん。そっか。嫌だったんだな。わかった」  小焼はベタベタ触られるのが嫌いなタイプだ。話しながら無意識にボディタッチしちまうようなのはノーセンキューだと思う。そういや望月ってけっこうスキンシップするっけな……。嫌だから払いのけたら、力が強すぎたってことか。  小焼のメンタルがこんなにグズグズになっちまうなんて、それくらい望月のことを気のおける『友達』として扱っていたってことだ。やっと友達ができたのに、傷つけて嫌われたって思ってんのかな……。  ぐぅうう――……腹の虫の鳴き声が聞こえてきた。小焼は腹が減ってるようだ。バイト後だから腹が減ってもおかしくないっちゃおかしくないけど、……あ、「触られて嫌だった」ってこういうことか。  擦りついてくる小焼の体がひどく熱い。泣いてっから体温が上がったのかもしんねぇけど、それ以外の要因もありそうだ。背中に回していた手で腰を撫でてやる。彼はビクッと体を震わせた。 「な、つき」 「ん。こういうことされて嫌だったのか?」  少し離れて尋ねたら、彼は首を縦に振った。怖いくらいに美しい赤い瞳に睨まれる。あれだけヤッてんのにまたシたくなっちまう。  先生は救急隊員についていったから、職員室で2人っきりだ。だからって、こんなところでそんなことしたら、あんなことがあったばかりだから、なんだっけ。やばいことになる。  おっぱい揉みたいけど、我慢だ、我慢! 敏感に反応しちまうようになってんだから、もしかしたら、望月は揉んでぶっ叩かれたって可能性もある。小焼が話してくんねぇから詳細はわかんねぇけど、なんか、こういうことされて嫌だったってのはよくわかった。 「夏樹以外に触られたくないです……」 「おっ、おう。かわいいこと言うんだな。おれがおまえを押し倒せるくらいに屈強な男だったら、押し倒して滅茶苦茶に抱いてたぞ!」 「ばかか」 「あはは、いつもどおりになったな。それもただのバカじゃねぇぞ。おまえが思うよりも、おまえのことが大好きなバカだぞ!」 「ばか」 「ん。とりあえず、キスしとくか?」  唇を尖らせたら噛みつくようなキスで応えられた。  チュッチュッて音を鳴らして、舌を絡めて、くちゅくちゅ鳴んのが、とてもエロい。耳をくすぐってやりつつ舌を吸ったり舐めたりする。腰にゾクゾクが這い上がってくる。おれがもっと力強かったらこんまま押し倒して滅茶苦茶に抱き潰せるんだけど、無理だ。ぶっ叩かれたら、おれは死ぬ! 「失礼しまーす! 忘れ物しちゃ――……」 「あ」 「し、失礼しましたー!」  男の子が職員室のドアを開けて、閉めた。  まずい。男同士のキスを見せちまった。なんなら、小焼のめちゃくちゃエロい顔を見ちまってるはずだ。性に目覚めなきゃ良いけど……、大丈夫かな……。気まずくなんねぇかな。  レッスンの度にコーチのエロい顔を思い出しちまうとかねぇかな。おれなら思い出しそう。 「え、えーっと、小焼。あの子っておまえの教え子だよな?」 「名前は忘れましたが、そうですね……」 「精通してんのかなぁ。おまえのエロい顔をオカズにしたら妬けるなぁ」 「小学生相手に嫉妬してどうするんですか」 「だって、小焼は美人だし、ライバルが多いんだぞ!」 「は? ばかですか? 脳味噌にしわが無いんですか?」 「辛辣だな。でも、残念ながら、脳溝は胎児の時に大脳が大きくなるにつれて形成されてて、この世に産まれた段階で既に完成してっから、しわの多さと頭のよしあしはまったく関係ないぞ!」  昔から「脳味噌のしわを増やせ」って言われっけど、実はもう増えねぇんだよなぁ。既にできあがっちまってるもん。勉強した話だと。  で、小焼は泣き止んだし、いつも通りの仏頂面に戻った。一安心ってところだ。 「忘れ物を取りに来たのに出ていったままですね」 「そりゃあ、職員室を開いたらコーチが男同士でキスしてんだぞ。小学生にゃ刺激が強いって」 「私は3歳の時に両親の乱交パーティーを一週間連続で見ましたが?」 「変な所でマウントをとろうとすんな。あと、それは、おまえん家くらいだから。一般家庭は頻繁に乱交パーティーしないはずだ。たぶん」  少なくとも、おれは両親の乱交パーティーを見たことがない。ヤッてんのは見たことあっけど……。だから、ふゆがいるんだろうし。  小焼はとことこ歩いていってドアを開いて小学生を捕まえてきた。可哀想。あの子、ずっと廊下で待ってたのに、扱いが雑で可哀想。 「ごめんなさいいい!」 「何で謝るんですか?」 「おまえが襟首掴んで引き摺ってくるからじゃねぇか? ほら、可哀想だから離してやれって」 「俺、2人がキスしてたって絶対に誰にも言わないから!」 「別に言ってもらってもかまいませんよ。夏樹と私は付き合ってますし、恋人同士がイチャつくのは自然の摂理です。まあ、TPOをわきまえるべきだったとは思いますが、誰もいないと思うとこういうこともしたくなるものです。保健室のベッドや体育倉庫でエロいことを考える心理と似ていますね」  それはおまえの好きなAVのシチュエーションだろ! とは、言えない。怖いもん。恋人同士って言ってくれたのは嬉しい。付き合ってるって言ってくれたし。オープン過ぎて小学生の理解をぶっとばしてそうだ。  この子、小焼はどうするつもりなんだかな? めちゃくちゃ怯えられてるってのはわかんだけど。

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